水を得た魚

3/5
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/201ページ
「頼むから、店には迷惑掛けないでくれ。そこの公園で話を聞く。だから、怒りを一度抑えてくれないか?野木崎・・・・」 コーヒーカップをつかんだ彼女の手に触れてカップを静かに奪い取り、灰皿を同時に持って席を離れた。 乱れた服も、濡れた髪も、直す(ひま)もなく男とその女は店を後にした。 カフェの向かい、道路を渡ってすぐの大きな公園に二人は足を運び、ベンチに並ぶように座った。 「野木崎・・・・さっきも言ったが、会社とはそういうところだ。仕事ができる奴が現場に(とど)まり、根回しできる奴が上に行く・・・・お前は仕事ができる。だから現場に・・・・」 「だから会社が根腐(ねぐさ)れするんでしょ?使えないヤツが上に行ったって、何も現場のこと考えずに無理な注文ばっかつけて、下のやる気なくして!だから人が減って、仕事が増えて、利益利益って馬鹿の一つ覚えで、給料減らすっていう・・・・バカばっか!」 男は胸ポケットからタバコを取り出して火をつけた。 「・・・・で、どうするんだ?辞めるのか?」 息を()くと同時にタバコの煙が上がって、野木崎の顔を(かす)めていく。 「課長・・・・慣れてるんですね、こういうこと・・・・」 「ああ。俺はクレーム処理係だからな。こういう仕事はいつまでもなくならない」 「とばっちり受けて、頭にこないんですか?」 「ああ。・・・・ただ、タバコは当分止められないな」 「なんか、バカみたい」 「馬鹿みたいじゃなくて、馬鹿そのものなんだよ。俺だけじゃない、皆そうさ・・・・自分の首を絞めるのはいつだって自分。嫌にならない方がおかしい」 そう話しながら、男はネクタイを(ゆる)めた。 「っていうか、私クビですよね?」 野木崎の顔を不思議そうに見る男。 「なんで?」 「だって私、佐古(さこ)課長に水ぶっかけたんですよ?そんなの許されることじゃないでしょ?」 「許すも何も・・・・水が乾けば何の証拠も残らない。そんな事実はどこにもなくなる」 「は?」
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!