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「課長、すみません!」
タクシーを降りてすぐ、事務所として使っている小さなビルの外階段を駆け上がって、4階の部屋のドアを開けると同時に杏はそう叫んだ。
「ああ、早かったね・・・・タクシー?」
「はい・・・・」
「いくら?」
「千円くらい」
「そう。じゃあ・・・・」
佐古は懐から茶色の財布を取り出し、千円札二枚を差し出した。
「課長、そんな簡単な計算もできないんですか?千円だから一枚で十分。変な気遣わないで下さい!」
静かに息を吐いて、手元に残った一枚を財布に戻した。
「じゃあ・・・・お前が嫌じゃなければ、軽く飲んでくか?」
「それは喜んで!」
杏は急に態度を変え、事務所のドアを素早く開けて彼を先に通した。
「てか、今まで残ってたんですか?」
ドアに鍵をかける佐古の背中へ話しかける。
「ああ。今日一人辞めたからね、その処理・・・・」
「私は辞めてないですよ?」
佐古は振り返って、杏の顔を見た。
「君じゃないよ。田辺君・・・・」
階段を下りながら話を続ける。
「ああ、アレか。アレはすぐに辞めそうでしたよ、最初から」
「上にはそんなの関係ない。課の者が辞めれば、課の長が責任を取るまでさ」
「責任だけ増えて安月給?」
「いや。責任と仕事が増えて、だな」
「そんなんゼッタイ、ヤだわ」
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