わたしが・消した・女

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消したい過去だらけの私でも、二度と思い出したくない後味の悪い過去もありまして。  できれば深層心理、記憶の奥底からも完全消去してしまいたいものでございますですよ。  五十歳、デブ、ハゲ、真性童貞、ニート&子ども部屋おじさんという「殺戮兵器の見本市」と呼ばれる私の現状に接した人こそ「記憶から消したい」となるのが常なのですが、人を見下したいというのは人間の本能、そんな私に接近して己が気持ち良くなろうとした女が過去におりました。  たしか十年くらい前どっかの出会い系掲示板を巡回しておりました私は「ブサイクでいいことひとつない、今から死にたいから話を聞いてほしい」という書き込みをしていた女に出会ったのでございますよ。  いわゆるメンヘラ女だとは思ったのですが、私に女を選ぶ資格などございませんので、「生きてるとなにかいいことあるよ」って話しかけてみたんですね。  そうすると女から反応がありました。  「死ぬ」  その一点張りで、さすがの私も辟易とさせられましたですね。  「女を死なせないために、自分を下げる」  これが私の取った戦法でございました。  私は自分が三十年以上引きこもりでニートをしていることや、見た目もハゲでデブ、もちろん童貞で、それでも毎日生きていると話しかけつづけました。  「あんたみたいになったら、死ぬ」  結局死ぬんかい!とあきらめそうになったこともありましたですけども、「美味しいコンビニスイーツを食べることだけを楽しみにして私は生きている」、「パソコンでエッチな動画を観ることはできても、一生現実の女の子には相手にされないと達観している」、などぼちぼち自虐ネタを投下していきましたですよ。  そうすると、  「あんたを蔑むことで少し生きてみる」  と女に変化があらわれはじめましたのでございますよ。  「いい歳して、働く気はないの?」  「百キロ超えるまで太るなんで、どうかしてるんじゃない?」  「外に出ないから、いつまでも童貞なんだよ」  「死ぬ」一点張りだった女は、私をけなすことで「自分よりひどい人間がこの世に存在している」とメンタルを優位に保つことができたのでございますね。  まあ、私など今さら他人にああだこうだ批判されても、蚊が刺すほども気にしておりませんですから、  「毎日ピザやでっかいカップラーメンを食べて満腹になって眠ると、幸せでございますですよ」  などと適当に相づちを打つように、バンバン自虐ネタを投下していったのでした。  女は増長に増長を重ねてまいりました。  「私はいい大学を出て、名のある商社に勤めたことがある」  「今は太ってるけど、むかしはスタイルもよくて彼氏がいたこともある」  「自己啓発本を毎日読んで、自分をよりよくしていこうとしてる」  など、まあ自慢のオンパレード!  自己啓発本を除いて全部過去の栄光なのですが、そこをつっこむとまた「死ぬ」となりかねませんですから、「それはまた現代の清少納言のようでございますねー」とヨイショは欠かしませんでしたですね。  女の自尊心がピークを迎えた時、  「明日から就活始めるから」  というアクティブな行動に出たのでございます。「いつまでも家でゴロゴロしてると、あんたみたいになっちゃうからね」と捨て台詞を残して、女からのメールは途切れました。  私は女が死ぬのを阻止できれば、後は何も期待しておりませんでしたから、そっとパソコンをシャットダウンいたしました。  強気な態度ではあるものの、女は四十六歳……ブサイクなデブが高望みして、いい会社に正社員として就職できるはずはありませんですね。  メールが途切れた理由は、就活がうまくいかなかったからに相違ありませんでしょう。  うまくいったらあの自尊心の塊みたいな女のことですから、私に「軽く面接受かってやったわよ」と自慢のメールをよこすはずでございますから……。  私は、パソコンのメルアドから女のアドレスを消しました。  まあその後女が死んだか、私のように子ども部屋おばさん&ニートにもどったかはわかりません。  私は、一度は女の命を救いました。  目的は達成されましたので、もうあとはどうでもいいのであって、女が好きにすればいいと思っておりますですね。  前みたく自己啓発本を読んで、自分を高める錯覚に陥るか。  第二の私をネットで見つけて、むなしいマウントをとって己の養分にするか。  やっぱり、他人と関わるのはわずらわしいことでございますですね。  これからジャンボサイズのポテチで小腹を満たして、お昼寝でもしようかと思っておりますですよ。  後味の悪い思い出の後は、やっぱり塩味の効いたポテチが最適ですね!                   終
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