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「絶対に内密にな」
「はい。わかっております・・・」
好光は行灯の明かりから再び暗闇へと戻ると、用心深く誰もいないのを確認し、
「では、香桜さま」
と頭をさげて姿を消した。
次に姿を現したのはこの遊郭の女中の中で最年少のシマナミであった。
「香桜さま。そろそろお支度を」
「ああ。わかっておる」
香桜は煙管の雁首を灰入れにカツン、と打ち付けて灰を落とした。
雪の時期は過ぎたといっても、まだ夜の廊下は冷え込む。そのお蔭で香桜もつい足早になってしまう。
羽織が廊下に落ちないようにシマナミは香桜の肩からずり落ちそうになっている羽織を必死に押さえながら廊下の突き当たりにある風呂場へと急ぐ。
「今宵は松風さまですね。お久しぶりではないのですか?」
香桜が一枚一枚脱いでいく着物をシマナミは端からすばやく丁寧に畳んでいく。
「ああ・・・。年の瀬に一度いらっしゃった以来だな」
と、香桜は冷えきった爪先を湯船にくぐらせる。
「お熱くはないですか?」
「いや、ちょうど良い」
「左様ですか」
と、シマナミは安心しきったように頬がゆるむ。
「シマナミは歳は幾つになった?」
「16になりました」
「ここでは一番年下であろう?苦労はないか?」
手拭いを桶に浸し、絞っていた手が止まる。
「勿体ないことです。こんな女中に気遣いなど・・・」
と香桜の言葉に感激してうつむき、再び手拭いを絞る。
香桜は話を変えた。
「あとで庭の梅の花を床の間に生けてくれないか。今朝見たらもう白梅が膨らみ始めていた。松風さまは梅がお好きだからな」
「わかりました。他に御用はございませんか?」
「御酒を早めに持ってきてくれ。松風さまは御酒に目のない御方だから」
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