一日目・探索パート①

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一日目・探索パート①

日本史のエンドー先生から、口裂け女のモデルとされる「山道の醜女」についてと、出没場所を聞きだし、学校をでたのは四時くらい。 「蛍の光」が流れる六時を待たず、空が明るいうちに現場に行ったほうがいいんじゃね? と思うかもしれないが、ゲームでは家のまわり、ある程度の距離ぐるりに見えない壁があり、不可能だった。 現実的なこの世界でもちがう形ながら、ゲーム的な縛りの仕組みがあるよう。 まあ、どうせ山登りする暇はなかったが。 あと二時間、されど二時間、学校外ですべきことはやまずみ。 回復アイテムの収拾は、学校でチロルチョコを大量ゲットしたから、いいとして。 まずは、いける範囲を歩きまわり、地図を頭に叩きこみ、隅々まで道や地形を覚えないと。 一日目、しかもゲームのチュートリアル部分しかプレイを見てないから、俺にとってここは、ほぼ見知らぬ土地。 右も左も分からないまま、口裂け女と命がけの鬼ごっこはできまい。 もちろん、例の山の場所も地図で確かめ、家からの距離をはかって、徒歩何分でいけるか計算を。 前世というか、四十年後の未来なら、ネットのマップが瞬時に数値を表示してくれたが・・・。 まあ、高校生とあって、計算のしかたを知っていただけましか。 で、計算したところ、家から山まで徒歩二十分くらい。 といって、住宅街をうろつく口裂け女を避けながら、すすむとなれば、倍の時間か、一時間以上かかるだろう。 また住宅街から山道までは、見通しのいい開けた場所なので、近所で鬼ごっこするのとべつの対策がいるし。 などなど考えて、なんやかんや、あっという間に一時間半経過。 あとの三十分は、眠れずともベッドに横たわって休息をとり、窓越しに「蛍の光」が聞こえたところで瞼をあげた。 メロディーが流れおわって、家政婦が扉を閉めたのを聞き届けてから起きあがり、ショルダーバックを肩にかけて玄関へ。 ゲームの主人公は女の子とあって、夜の探索パートではポーチを。 男子高生には不釣りあい、というか、実用的でないとあって、代わりに部屋には大きめのショルダーバックが置いてあった。 そう、実際、準備をすると、とてもポーチにおさまらない(容量以上のアイテムを持てるのはゲーム特有のこと)。 走る邪魔にならないよう、あまり重くしたくないとはいえ、最低限のものをつめただけでパンパン。 懐中電灯(家には大きいのしかなかった)と予備の電池。 がま口の財布(念のため)。 (鉛筆と赤ペンで書きこみしまくった)地図と(追加に書きこむための)筆記用具。 プラスチックの水筒(水分補給したくても、前世ほど自販機がないし、そもそも小遣いが足りなくなる)。 替えのパンツ(お漏らしして濡らしたまま、命がけの鬼ごっこをしたくない)。 回復アイテムのチロルチョコと、空腹用のおにぎり。 口裂け女回避対策アイテム。 最後のが、とくに荷物を重くしたが、どれだけ回避を迫られるか、見当がつかないから。 回避法が使い捨てとなれば、いくらか予備がなくては。 だいたい、初めて探索にむかうとあって(未プレイでもあるし)口裂け女の遭遇率など、その具合がさっぱりだし。 「時間があれば、走る練習をしたり、体力づくりできたんだけどなあ」と肩にかかる重みに眉をしかめつつ、ふん、と鼻息を噴いて、玄関の扉を開けた。 すぐに施錠して、まえに向きなおれば、赤黒い空。 赤い空が、徐徐に黒みがかっていく、昼と夜の狭間であり、時間や空間が揺らぐような不安定な印象がある逢魔が時。 夕焼けを見あげているだけで、胸がざわつくというのに。 これから夜に移行するなかで、町を覆っていく闇に自分が飲みこまれるような想像がされてやまない。 生まれたての小鹿よろしく、膝を震わせながらも「いやまだ、ちびるわけにいかない!」と一歩。 結界の境だろう門を通りぬけ、さあ、逢魔が時の住宅街へ。 道に踏みだしたなら、悠長にびびっていられなく、すかさず近くの電柱に身を潜めた。 ゲーム的には家をでて、とたんに遭遇したり、発見されることはないと思う。 が、ゲームが実体化したリアルな世界で、フィクションのお約束が通じるのか分からない。 「ああ、もう、家に帰りないな・・・」と早早、根をあげそうになりながら、電柱にしがみついて、あたりに視線をやることしばし。 背後を窺ったとき、十メートル先の角から、なにか覗いたような。 ハッキリと見定める間もなく、電柱の反対側に隠れる。 おそるおそる電柱から片目を覗かせれば、角の壁から、向こうの角の壁へと歩いていく人が。 腰まで伸ばした黒い長髪、一回り大きいマスク、はみだした口紅。 足をほぼ覆う、丈の長い白いワンピースをまとい、裸足でゆっくりと歩行。 聞こえる足音は、人でないせいか、重みのある響きがしない。 猫の忍び足のようなれど、代わりに耳につく、ぺちゃちぺちゃりと水音。 こちらに気づくことなく、通りすぎて壁の向こうに消えたものの、十二分に肝を冷やされて身動きできず。 昨日の夕方は至近距離で相対したとはいえ、こう遠目で怪異をじっくり眺めるのも、これはこれで心臓にわるい。 「夕方に怨霊のような女が住宅街をうろうろしているらしい」と噂で聞くのと、この目におさめて実感を持つのとでは、やはり恐怖の重圧感がちがう。 「あんなのがうろつくのに、ほいほい探索できるわけないだろ!」と文句をつけたいところ。 いくら泣いて喚こうが、誰も慰めても、尻を叩いてもくれやしない。 目に溢れた涙をぬぐって、どうにか気を持ちなおし「口裂け女があっちに歩いていったなら、ちょうどいい」と逆方向に走りだす。 パンツはぎりぎりセーフだし、精神的にも、まだまだ平気だ! と自分を鼓舞しながら、今はとにかく、山道到達の攻略に専念するしかなかった。
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