片平宗助の日記・一冊目②

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片平宗助の日記・一冊目②

山道の醜女こと、十年まえから行方不明の女子高生が落としていったのは、明治時代に書かれた日記。 ミミズのような書体で、暗号のような文章だったが、ページに目を走らせると、現代語訳され頭にはいってきた。 そこらへんはゲーム的というか。 まあ、自力で解読するのに徹夜させられては、明日もつづく命を削るようなゲームなんてやっていられないし。 ひととおり読んで表紙を閉じ、あらためて日記帳を見やる。 一見、日記帳でない、今でいうハードカバーで立派な装丁のもの。 長編小説並に厚みがあるものの、文字が埋まっているのは、たったの三ページ。 書きはじめてから三日分だけ。 書いた人、片倉宗助が三日坊主だったのではないだろう。 おそらく、この日記は、一日目の探索パートをクリアしたことへのご褒美であり、一週間後の死を免れるためのヒントとなるアイテム。 日記の内容は、口裂け女や山道の醜女と無関係のようで、いわゆる伏線になるのだと思う。 これから探索パートを攻略するたび、ページが埋められていき、全容が知れるのでは。 それにしても、今のところ江戸時代は藩主だったという「観月家」や奉公人「片倉宗助」にまるで、ぴんとこない。 ホラーゲームの舞台、その町に転生して間もなく、そりゃあ、ここらの歴史や地域性をまだ把握していないが。 一応、でかけるまえに、地図帳にすみずみまで目をやり、土地の豆知識ネタも読みこんだのに。 この土地と縁もゆかりも深い元藩主の、明治時代に建てた別荘となれば、指定文化財などの形でのこっていそうなもの。 日記が落とされた、あの山に別荘はあると思うのだが、地図には、そういった建造物、跡地の表記がなく、豆知識ネタでも藩主について触れていなかった。 女癖のわるい藩主の息子の名誉を、後世も守ろうとしてか? 今一、釈然としなかったものの「時間があったら、エンドー先生に聞いてみよう」と持ちこしに。 コップのお茶を飲んで一息つき、机の置時計を見ると十一時。 帰宅したのは一時間前の十時。 家をでてから二日くらい、住宅街で口裂け女と鬼ごっこをし、山道の醜女と暗闇をさ迷っていた感覚がするが、実際は四時間の冒険。 意外に早く、思ったより疲れもダメージもなく、拠点の家にもどれた。 というのも、幻の泉から家までワープできたおかげ。 強制ワープ機能もゲーム的であり、ゲームあるある。 典型的なのはRPGだろう。 ボスを倒してダンジョン攻略すると、それまでの長い道のりを引きかえさないでよく、画面の切りかわりで近場の町にもどれるという。 こういうゲーム的お約束がないと、俺の場合、へとへとなって帰る途中、再び口裂け女と死闘を繰りひろげる羽目になる。 行きも地獄、帰りも一息つく暇なく地獄となれば、とても七日間、乗りきれないし。 「ゲーム制作側が鬼畜でなくてよかった」と目をつぶって、誰にともなく拝んだなら、日記から視線をスライド。 机には日記と、そして、あるチラシが。 十年まえに失踪して、いまだ見つからない女子高生。 その行方についての情報を、懸賞金つきで求めるチラシだ。 チラシの真ん中には失踪したときの格好、セーラー服姿の彼女の写真がでかでかと。 そう、山道の醜女が化粧を落とした顔と同じ。 棘だらけの枝の塊に引っかかっていた黒い布は、セーラー服の残骸だと思う。 つまり、十年まえ、目撃証言によると、山に入ったという彼女が泉で溺れて亡くなり、山道の醜女と化したわけで。 いやいや、たしかに哀れな境遇とはいえ、怨霊になる要素はあったのか?と首をひねるところ。 彼女の死ぬまえの記憶を覗き、一瞬、体験もした俺には「怨霊のふりをした」訳が分かる。 平和ボケと云うとあれだが、彼女は生まれてから家族やまわりの人、環境に恵まれ、さぞ、のほほんと過ごしてきたのだろう。 だから、愛犬を探すためにと、夜の山に踏みこむのも、ためらわなかった。 おまけに、女子高に通っていたようだし「カケオチ」なんて考えられないほど初心だったとの噂だから。 父親以外の男と、まともに接したことがなかった可能性大。 そんな無防備で無垢な彼女が、暗い山道で、突然、複数の男に襲われたのだ。 そりゃあ、とんでもないトラウマになる。 死んだあとも「また急襲されるのでは」と怯えつづけ、暴力的な男を寄せつけないよう山道の醜女に扮したのかもしれない。 伝承を知っていたうえで、かつて狂人のふりをした女に倣って。 ここで第二の疑問。 死んでなおトラウマに悩まされ、挙句、怪談のネタにまでされ、それでも、どうして彼女はこの世にとどまったのか。 きっと家族のもとに帰りたくてのこと。 遺体を見つけてほしかったのだ。 誘拐されそうになって、間一髪、車から跳びだすことができた彼女だが、勢い余って泉に突っこんでしまった。 水中で、棘のある枝にセーラー服が引っかかってしまい、そのまま浮上できず、お亡くなりに。 水が濁っていたからか。 泉にしずんでいた彼女は、捜索隊に見つけてもらえず。 また、この山には気まぐれに湧いては枯れる泉が多数あるというに、いちいち調べていたら埒がないと、水中まで捜索の手を回さなかったのだろう。 そうしてスルーされて、遺体が原型をなくすまで人の目につかなかった。 泉の水がなくなり、底がむきだしになって、痕跡があるのが分かるようになったころには、人人の関心や記憶は薄れていて。 彼女が自ら導く以外に、発見されない状況だったわけ。 だとしても、山道の醜女に扮しては「キャー!」と人にとんずらされること間ちがいなしで、元も子もないのでは・・・。 そうと分かりながらも、死んだ自覚がありながらも、男に乱暴された記憶、その恐怖にがんじがらめになって、ままならなかった。 葛藤しつつ、にっちもさっちもいかず、俺のような、とんだ物好きが現れるのを待っていたのだろうか。 幻の泉でフラッシュバックを見たあと、とたんに胸がつまって「た、大変だったんだな・・・」と呟いたものだが、あらためて彼女に思いを馳せれば、また泣けてくる。 「皆川琴乃さん、か・・・」 チラシのそばにある、小さい紙に書かれた名を読みあげた。 生徒手帳を破ったものだ。 家にワープするまで時間があったので、セーラー服の残骸があるところに、一ページだけ破り、生徒手帳を置いてきた。 確認はできなかったが、そこらへんに遺体はあるだろうから。 捜索にきた人の目印になるように。 破ったページは、チラシに書かれた住所の家、そのポストに入れてこようと。 生徒手帳の本体がある場所を記した手紙と共に封筒にいれて。 彼女の家は、俺の家から近く、ちょうど登校途中にある。 翌朝、登校するついでに投函することにし、明日の調査、探索のために今は早く休んだほうがいい。 なにせ、自分の命がかかっているのだし。 重重承知なれど、手紙とページを封筒にいれた俺は立ちあがった。 もう夜の零時ちかくで、迷惑だろうとはいえ、ポストに封筒をおさめてからピンポンダッシュをするつもり。 すこしでも早く、無残な死に方をした娘の居場所を知ってほしく。 探索パートを攻略したあとに善行をしたって、ゲームが有利に働いたり、ボーナス的なものが与えられることはないだろう。 重重重重承知なれど、封筒を片手に、一応、口裂け女に気をつけながら、深夜の住宅街に踏みだしていった。
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