一日目・探索パート④

1/1
前へ
/30ページ
次へ

一日目・探索パート④

畑や田んぼに囲まれた通りは外灯がすくなければ(たぶんゲーム仕様で)一台も車が走っておらず、歩道があっても夜は足元が危うい。 おまけに、今日は空にうすく雲がかかり、走っている間は月が隠れていた。 閑寂とした暗い平地に一人でいるだけでも心細い。 ついつい懐中電灯の明かりを求めたくなるところ。 どうにか歯噛みして、懐中電灯をとりださないまま、チロルチョコパワーで押しきっていった。 本格的な夜になるまえ、ぎりぎりで山道の入り口に到着。 道脇にある小さな神社、その本殿の縁の下にもぐりこんで。 地図上、山をめぐる舗装された道は一本。 出入り口は二つしかなく、神社のまえのこの道と海側の道がつながっている。 口裂け女が追いかけてきたとして、必ず山側の入り口を抜けるはず。 一瞬、懐中電灯をつけて腕時計を確認。 十五分、見張ると決めて、その間におにぎりで腹ごしらえと水分補給。 一息つくと、チロルチョコパワーによるアドレナリン大放出がおさまり、あらためて闇深い神社にいることに縮み上がる。 フラグがない限り、口裂け女以外のなにかに襲われることはないだろうが、体が冷えて震えるばかりで、居ても立ってもいられない。 跳びだしたいのを堪えて、きちんと十五分待ち、あたりを見回してから山道に。 たぶん、山道の醜女は、口裂け女のモデルになった説がありつつ、正体は同一でない。 別別の霊的、妖怪的なものなら、それぞれ縄張りがあるはず(怪談や伝承、都市伝説では共演することが、あまりない)。 山道の醜女のテリトリーに、口裂け女が踏みこんでくることはない。 と思いたい。 ずかずかとテリトリー無視でうろつかれては探索地域を荒しにこられては、ろくに調査ができないし。 念のためさっき神社で見張ったものの、念には念を押して、ガードレールを乗り超えて、道からすこし距離を置いて歩いた。 懐中電灯で足元を照らし、斜面を滑らないよう慎重に。 たまに道にさっと明かりを走らせ、手がかりがないか目を走らせながら。 かなり登ったところで、なにも起こらず、変化がなかったものを、十分すぎるほど精神的に追いつめられて。 妖怪や霊的なものを目撃したり、遭遇していないにも関わらず、指先は冷たく息は浅くなり、膝は震えっぱなし。 外灯なしの闇夜で、鬱蒼とした木木のトンネルを歩くのには、根源的な不安が掻きたてられる。 幼いころ、迷子になって、広い建物内をあてもなく、さ迷っていたような。 そのうえ、いまだ手がかりの欠片もつかめず「夜が明けるまで、探索パートを完遂できるのか」と焦燥に駆られるし。 変に緊張を強いられて、目が回りだしたころ。 暗い道の一部分に、スポットライトのような光が注いでいるのを見かけた。 木の枝葉のおおいがなく、開けたそこに、雲から顔をだした月の光が差しこんだらしい。 淡い光とはいえ、広範囲が明るくなったのに、ほっとする。 のもつかの間、一寸先の闇から足がぬっと。 とたんに懐中電灯を消してしゃがみこみ、息を殺した。 できるだけガードレールに身を隠しつつ、すこし間を空けて、覗き見。 月光のスポットライトを浴びるのは、口裂け女ではない。 が、負けず劣らずおぞましいさまの、丑の刻まいりスタイルの女、そう、山道の醜女のおでまし。 頭にくくりつけた、二つの蝋燭が象徴的だ。 長い髪が体の前面に垂れて、顔はよく見えず。 叫び笑い手足を振りまわしたり、恨み節を呟き歩きまわったりするでなく、呆けたように突っ立ち、意外と活発的でない。 まあ、夜の山道にひっそりと佇まれるのも、いかにもな雰囲気と凄みがあって、近よりがたいのだが。 山道の醜女は、もともと思い人会いたさに、山越えをするため狂人のふりをした恋する乙女。 エンドー先生が語った限り、逢引しにいっていただけ。 怨霊になるに至る、事件や事故があったわけでもなく。 でも、もし、人知れず、山越え途中で非業の死を遂げた女がいたら? 後世の人が、怨霊あつかいしたのに怒って怨霊になった可能性もあるのでは? 長く山道を登ってきて、やっと見つけた、おあつらえむきな手がかりなら、口裂け女のような避けるべき対象でないと思う。 いや、思いたい。 それにしても、道のど真ん中で待ちうける怨霊めいた彼女に、自ら歩みよるのは、ためらわれる。 いろいろと推測するも、わるい想像がされるばかり。 近くで向きあったとたん、ぐわっと口端を裂けて笑いかけるとか。 目先のことに捉われても埒がないと、元のゲーム性を考えることに。 世の中には、なんのヒントも前置きもなく、プレイヤーを罠にかけて殺すゲームもある。 そのことを「初見殺し」といい、初見殺しばかりするのは「死にゲー」と呼ばれて。 この「口裂け女がさまよう町」は、はじめのほうしかプレイを見ていないので「死にゲー」かは判断つかず。 ただ、口裂け女との初遭遇では逃げやすかったし、初見殺しをかましてこなかった。 もし「死にゲー」だったら、日中の調査パートのつくりこみを、もっと雑にするだろうし。 調査パートで、けっこうな時間や労力をかけたのだ。 そうやって調べてつかんだ前情報を台なしにするような、山道の醜女が予想斜め上の暴挙にでたら、やっていられない。 神に祈る代わりに「信じているぞ!ゲーム制作側!」と胸のうちで怒鳴りつけつつ、深呼吸。 やおら立ちあがってガードレールを跨ぎ、月光のスポットライトのもとへと。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加