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一日目・探索パート⑤
ガードレールを跨いで、おそるおそる道路に足をおろしても、山道の醜女は身動きせず、一声もあげず。
丑の刻まいりスタイルで人参をくわえたまま、石像のように突っ立ちながら、頭にくくりつけた蝋燭の炎や、長い髪、ロングスカートを揺らめかして。
右手に握るのは、きらめく鎌。
髪の合間から、覗かせる暗い目を、ひたと俺に据えているような。
これでは、鬼と睨めっこしながらの「だるまさんが転んだ」だ。
ほんらいの遊びとちがって、なにがきっかけで、どう展開するか未知数すぎて怖いったらない。
といって、今更、引くこともできず、息を飲み、じりじりと歩をすすめる。
月光の淡いスポットライトの間近にきたとき。
踏みいろうとしたら、顔を背けて足音を立てず、彼女はスポットライト外の暗がりに踏みだしだ。
そのままガードレースをすりぬけ、斜面を下りていったのか、林の闇に消失。
絶叫してのたうち回ったり、釜を振りあげ襲ってこなかったのに胸を撫でおろしつつ、彼女が消えたほうを覗きこみ、ちびりそうに。
懐中電灯で照らすも、底なし沼のように斜面の下のほうは黒黒。
あきらかに「ついてこい」と華奢な白い背中は語っていたが、罠なのでは?と足がすくむ。
いやいやと頭をふって、どうにか震える太ももを上げて、ガードレールの向こうへ。
おそらく、ここをスルーして山道を歩きつづけても、ほかに手がかりはない。
夜明けまで時間もないし、なにもできないまま朝日を迎えてはゲームオーバーになるかも。
「今が勝負どころだ」と腹をくくって、あたりに懐中電灯をむけ、目についた木に巻きつく蔦。
そこらの地面に長く丈夫そうな蔦が落ちていたので、ガードレールにくくって縛り、それを伝って斜面を下りていった。
懐中電灯を持てずに、ほぼ視界ゼロの暗闇をひたすら降下。
蔦の長さは足りるのか?と心配しだしたところ、下のほうに見えだした、ほのかな青白い光。
思ったとおり蔦の長さは足りなかったものを、青白い光に照らされた地面を目視。
俺の身長ほどの高さだったに、跳びおり、勢いあまって尻もち。
ズボンに水が染みるような、柔らかく湿った地面。
顔をあげると、十歩ほど先に、青白く発光するただっ広い泉が。
俺を待っていたのか、背をむけ水辺に立つ彼女が、ゆっくりと泉に入っていく。
「俺も入水するの?」とためらうも、舌打ちし、腰を上げて追走。
走る速度を落とさず、思いきって泉に足を突っこんだが、滴が跳ねなければ、水音も立たず、濡れもしない。
大規模な窪みがありつつ、そこに張る青白い水面は幻のよう。
「どういうこと?」「地図には、これだけ、おおきい泉はなかったけど」と歩きながら考えつづけ、ふと思いだす。
地図帳には、その土地の特徴や歴史などの豆知識的ネタが書かれていた。
この山については「湧水が染みやすい地質で、山のそこたら中、不定期に泉が出現しては消えている」と。
この窪みも、そういった泉のひとつで、今は枯れているのだろう。
じゃあ、わざわざ、水を満たした幻を見せる理由とは?
と首をひねったところで、彼女が立ちどまった。
水辺からそう遠くないものの、水面から俺の脳天がでるかでないかの、たぶん、いちばん深い場所。
彼女の足元には枝が絡まった毛玉のような塊。
枝には棘がびっしり。
そして、枝に引っかかった黒い布がいくつも。
水草や苔のようでない、場ちがいな人工物だ。
布に注目していたら「ジジ」と火がけぶる音が耳につき、まえに向きなおる。
ちょうど振りかえった(髪で顔を隠さない)彼女と視線がかち合って。
狂人風メイクをほどこした凄みのある顔面を、あらためて目の当たりにして、ちびる間もなく、視界が豹変した。
山道にもどって、懐中電灯を照らしながら歩いている。
「ゴンター、ゴンタ、どこ行ったのー」と俺でない高い声を響かせながら。
視線を下ろすと、セーラー服。
手に持つのは、首輪のついたリード。
「もしかして・・・」と閃きかけたとき、背後から、やかましいエンジン音と走行音。
振りかえるのを待たずして、そばに急停車して、黒のバンの扉がスライド。
二人の男が車内から跳びだして、俺の体をつかみ、引っぱりこんだ。
車内に引きずりこまれたとたんに急発進。
走行する騒音に負けじと、男たちが叫びあっているのは、どうも日本語ではない。
訳が分からないまま、でも、命の危機を覚えて、あらん限りの力で暴れてもがいて絶叫。
三人ほどの男が押さえつけようとするも、蹴りつける足が外にはみだし、扉が閉められず。
背後のごたつきに気をとられてか、運転者がガードレールに車を擦りつけたらしい。
その揺れに男たちはふらついて、手を離してしまい。
スピードをつけて走る、扉が開けっぱなしの車から、俺は外に放りだされた。
ガードレールを跳び越えて、急斜面を目を回しながら、体がもげそうに転がっていき。
そのまま泉にけたたましく水しぶきをあげて突っこんだところで、我に返った。
フラッシュバックのような映像を見せられるまえと変わらず、静かに佇んでいる山道の醜女。
牛の刻参りスタイルで青白い光に照らされるさまは、そりゃあホラーな絶景だったが、思わず口元に手を当てて「た、大変だったんだな・・・」と俺は涙ぐんだもので。
まつ毛を跳ねた彼女が瞼を閉じ、やおら目を開けると、すうっと顔から化粧が拭われていった。
お目見えしたのは、あどけなく、素朴な顔つきの女子。
俺と年がちかく、きっとセーラー服が似あう。
見覚えがあって「あ」と声をあげたら、目を潤ませつつほほ笑んで、青白い光に溶けるようにして、さようなら。
あっけなく消えたものの、彼女が立っていた地面に、なにかが落ちていて。
歩みよって、しゃがんで見ると古めかしい本。
そして、その上に泥まみれの生徒手帳が置かれていた。
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