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二日目・調査パート①
「ジリリリリリリリ」と電子音でなく、小さい鐘が叩きつけられる音で目を覚ました。
目覚まし時計をつかんで音を止めつつ、布団をかぶり直して「うーん」と寝返りを打つ。
わずかに瞼を上げての、ぼやける視界に入ったのはパンツ。
昨夜、帰ってきてから、洗って絞り、部屋に吊るしたのだ。
「今日もパンツ、干すことになるかなあ」と考えたら、すこし眠気がぬけて仰向けになってぼんやり。
布団からだした腕を、目のまえにかざせば「正  ̄」と手首に刻まれていて。
一日済んだから、画数が一つ減少。
「やっぱ、一日休みとか、くれないよね」と長々とため息を吐いてから、腹に力をこめて起きあがった。
昨晩の探索パートは、思ったより時間を費やさず、スムーズに完遂できたが、ばりばり疲れはのこって、まだまだ眠たい。
また、ホラーゲームリアルプレイの一日がはじまる。
タイムリミットまで、まだ余裕があるとはいえ、むしろ「あと六日間も口裂け女とデットヒートをするのか・・・」と先が思いやられ、憂鬱にもなる。
おかげで背中にくっつきそうに腹がへこみながら、食欲が湧かない。
日中の調査パートも気がぬけず、体力勝負でもあるから「食欲がない」とさめざめとしている場合ではないが・・・。
常時不機嫌な家政婦の不興も買いたくないし。
お腹をさすりながら、ベッドから立ちあがり、机のもとに。
机に並んでいるのは小さな黒い瓶。
リポビタン○だ。
昨日、夜食を求めて、台所を漁っていたら見つけた。
仕事人間な親が置いたものだろうが「どうせ帰ってこないだろ(こういうホラーゲームでは親が登場しなことが多い)」と拝借。
前世、いや未来からきた俺にすれば、馴染みのないもの。
まだ必要としない年齢というのもあるし、もし飲むとしても、缶のエナジードリンク。
こういう瓶の栄養ドリンクは高価で、おっさんくさい印象があるから。
まあ、父が腰に手を当てて愛飲していたから、よけいにやぼったく見えたのだろう。
一気飲みして「ファイトー!」と叫んで、俺や弟に瓶を突きだすのに、無反応でいれば「一発だろう!」と地団太を踏んだもので。
かつては、ど定番だったというリポビタン○のCMを再現されても、テレビ疎遠世代として困るのだが・・・。
それほど、親子で栄養ドリンクの認識に温度差があるものの、いうても、父だってまだ若いほう。
転生した、この時代には、まだ父が生まれていない。
生まれるまえから、リポビタン○が存在していたとは・・・。
あの巨大なテレビの電源を入れれば「ファイトー!」「一発!」のCMが拝見できるのか?
テレビをザッピングしてCMを探す暇はないので、それは、さておき。
台所の棚にあった黒の瓶は六本。
口裂け女が家の結界を破る、そのタイムリミットまで、あと六日。
この数の符合からして、リポビタン○は回復アイテムではないかと。
ゲームプレイを見ていたときは、登場しなかったので確証はない。
ただ、昭和感が色濃いゲームにあって、この時代ならではのアイテムだから、ありえそうだし、こうした救済措置があってもいいと思うし。
恋愛シミュレーションゲームならまだしも、ホラーゲームを生身でプレイし、並の人間が長く正気を保って踏んばれるわけがない。
きっと七日も待たず、衰弱してぶっ倒れるか、精神崩壊する。
ゲームのご都合主義的に、一日を一区切りになにかとリセットしてくれれば、助かるのだが。
まあ、回復アイテムでないとしても、栄養ドリンクとしての効き目はあるだろうし、害にはならないだろう。
「ばつぐんの疲労回復、または疲労の予防に効果あり!」の謳い文句に期待して。
というよりは「不味そう」とかなり気がすすまないのを「回復アイテムかもしれないから!」と自分を励まし、黒い瓶を煽った。
父を真似て、勇ましくポーズを決め、胸を反らしながら、ぐいっと顎も反らして。
飲みきったら、息を吐く間もなく「うげえ」と屈みこんだ。
表現しにくいが、イメージ的には、魔女の老婆が高笑いして、かき混ぜる謎の液体のよう。
吐きそうになって、口元を手でおおうも、口臭もすさまじく、膝を屈してしまう。
そのうち吐き気がおさまり、でも、口臭がひどいままでテンションだだ下がり。
まったく「ファイト一発!」と喝をいれられた気がしないものの、食欲は湧いてきた。
というか、口内だけでなく、食道や胃も臭くなったように思うのを、飲み物や食べ物で洗い流すようにして、まぎらわしたい。
吐き気を催す、この独特の不味さを大人は日日、噛みしめているのか。
と思えば、感心するやら呆れるやら。
「俺は大人になるまで、もうすこし時間があるのに」とやるせなさを覚えつつ、空の瓶を机に置き、あとの五本をそのままに。
今一、効果を実感できないし、毎朝、口にするのは気が滅いるが、重要な回復アイテムの可能性がある限り、捨てることもできない。
一足先に大人の階段をのぼっているような苦々しさを噛みしめつつ、朝食をとるため、階段を下りていった。
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