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二日目・調査パート②
苛ただしげに皿を洗う音が玄関まで聞こえたが、一応「いってきます」と小声で口にし、扉を開けた。
扉を閉めて、ほっと一息。
常時不機嫌な家政婦は、食事をのこすとか、洗濯物をほったらかしにするとか、彼女の癇に障るようなことをしなければ、舌打ちしたり、睨んだりせず、干渉してこないというか、俺に無関心。
とはいえ、眉間の皺を刻んだまま、口をへの字にしたまま、せかせか苛苛と家事をするに、そばにいるだけで肩がこるような。
雇い主のほうが顔色を窺って緊張を強いられるのは、家政婦としてのタイプ、彼女の性格のせい、だけではなさそう。
自室からリビングにむかったとき、ドア越しに聞こえてきたのだ。
彼女が電話しているらしい怒声が。
あきらかに日本語でなく、きんきんとしたイントネーションや響きの言語。
それを聞いたあと、こっそり彼女を観察したところ、なるほど。
肌の浅黒さにしろ、顔のパーツがこぶりで、全体的に鋭利な印象がするのにしろ、海で隔たったお隣の国の人っぽい。
だから、ほとんど口を利かないのか。
「にしても、この時代は外国人の家政婦を雇っていたのか?
日本語がしゃべれないのに?」
首をひねって独り言ちているうちに、住宅街の景色がすこし変わった。
俺の住む家のあたりは、いわゆる高級住宅街風。
「風」と強調するのは、この地域はどうしてか、しょっちゅう人が引っ越していくに、土地の価値が低くなっているから。
相場より豪邸が安く借りられたり、広い土地が買えるというし。
まあ、ただ、俺が今、歩いているところ、庶民的な家が並ぶ景色を眺めると、やはり落差を覚える。
前世では庶民的な家庭で育ったから、高級住宅街風に身を置くほうが落ちつかないし「近くにいながら住む世界がちがう」と思わされるのが、どこか居たたまれない。
「住む世界がちがう」とつい俺と対比してしまうのはミキオだ。
そう、ミキオは庶民的な地区のほうに住んでいる。
俺の家から学校までのルート、やや外れたところに家があるが、情報収集のためもあって、いっしょに登校したくて。
今は迎えにいく途中。
ゲームのキーパーソン、また女子だらけの学校で、男子が二人だけとなれば、親友設定なのだろう。
だとしても、転生してきたばかりの俺にしたら、昨日が初対面。
できるだけ朝いちばんに調査のとっかかりをつかみたいものの、会って間もない同級生、その家の呼び鈴を鳴らすのはハードルが高い。
今はまだ平和な調査パートというに、変に腰が引けたもので。
高級住宅街風と庶民的な地区と、えげつない差を見せつけられては尚のこと。
が、杞憂だったらしく、さすがはサングラスに学ランを決めた盲目高校生にして超能力者。
玄関の門に辿りつくすこしまえにベストタイミングで扉を開けて、小走りに俺のもとへ。
「なあなあ、今日の地方紙、読んだ?」と挨拶もなく、鼻息を荒くして、早速、情報提供を。
「『口裂け女』について社会学者が記事を書いててさ」
前世では家で新聞をとってなく、日常で触れる機会もほぼなく。
にしたって、難解な政治の情勢や、深刻な社会問題が書かれているお堅いイメージがあったに「新聞に口裂け女?」とびっくり。
「社会学者」の記事なら、コラムとかでもなさそう。
いや、そういえば、ゲームのオープニングで新聞記事がコラージュされた映像が流れていたか。
地方紙ながら、この時代は子供の流行りの噂、都市伝説なども、大真面目に新聞に取りあげていたのかもしれない。
今の家も新聞とっていないし。
これからは噂だけでなく、新聞のその日の気になる記事についても人から聞きださないと。
一瞬のうち、あれこれ考えつつ「へえ」と興味深いとばかり相槌を打ち「どんな記事?」とうながす。
「口裂け女をはじめとした都市伝説や怪談は、人の思惑によって生みだされた側面もあるんだって。
分かりやすいのは、大人が子どもに早く帰宅するようしむけるため『暗くなると人食い鬼がでるぞ』って脅すとかね。
とくに学校の怪談は、生徒を戒める意味あいが強いんじゃないかってさ。
二宮金次郎とか立派な彫像にいたずらしないように。
人体模型とか高価なものに破壊行為をしないように。
ほら、子供って、まあ、俺らもまだ子供だけど『これしちゃダメ』『あれしちゃダメ』って真っ向から注意しても、聞かないじゃない。
だめだめって押さえつけようとするほど、むきになって意固地になったり刃向かってきたり。
ただ、どれだけ反抗的な子供も、口裂け女を持ちだせば、聞き分けがよくなるっていう」
「なるほど、云われてみれば。
じゃあ、口裂け女についても、夕方六時以降、なにか理由があって、子供に外にでてほしくない誰かが、噂を広めたってこと?」
「そうそう!話がはやいね!
ずばり結論から云うと、塾にいけない子供や親の妬みが口裂け女を生んだんじゃないかってさ。
社会学者が云うには、五年前くらいから受験ブームになって学習塾がいっぱいできた。
学校の勉強だけじゃ、いい学校にいけないってんで、こぞって親が子供を塾に通わせた。
でも、皆が皆、通えたわけじゃない。
けっこうお金がかかるから、ブームといっても乗っかれた子供は限られていた。
その子らは、勝ち組候補らしいよ。
俺はぴんとこないけど、今の世の中は一流の大学をでて有名な大企業に就職すれば、一生、安泰の人生を手にいれた成功者と見なされるんだとか
そういう基準からすると、塾にいけない子は、もう人生、おわったように思えるわけ。
努力や能力で太刀打ちしたり、逆転勝利ができない。
生まれた家の財力で、人生は決まってしまう。
そう思いこまされる塾にいけない子は、やりきれないだろ?
塾に通える子供が憎たらしくて『口裂け女に怯えて勉強ができなくなればいい』って妨害工作もしたくなるのも、分からなくないよな」
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