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プロローグ④
認めたくないが、墓場で意識を失くして今に至るまでの流れからして、俺は転生をしたらしい。
まさかのホラーゲームの世界に。
しかも、プレイしはじめてホヤホヤのだ。
俺は典型的なビビり。
ホラー映画を観たり、怪談を聞いたりすると、まんまと夜、眠れなくなり「トイレまで手を引いて」と弟に面倒をかける。
そのくせホラーゲームが大好物。
そのくせそのくせ、プレイ中は浮き浮きするどころか、全身冷や汗まみれに震えあがって、ちびりそうになりながら幼児のように泣き叫ぶという。
愛好家にして矛盾したリアクションをするのに「こわいのいやじゃないの?」と不思議がられるが、全身全霊で恐怖を噛みしめつつ面白がっているわけ。
そんなホラー中毒な俺でも、まともにプレイできなかったのが、このゲーム。
「口裂け女がさまよう町」
舞台となるのは、怪談や都市伝説が全盛だった一九八○年代。
もちろん俺は生まれていない四十年前。
今も日常的にホラーネタが囁かれたり、噂されたりするが、この時代は怪異がより身近に、より生々しくおぞましいものに捉えらえていたよう。
たとえば、俺が幼いころ、一人で外を歩くときは「不審者」「知らない大人」を警戒して、びくついていたのが。
このころの子供は「口裂け女」など非現実的な存在に、切実に怯えていた。
俺ら世代と変わらず、子供を誘拐したり暴力をふるったり殺そうとする危険人物と見なして、だ。
四十年も経って、とっくにブームが過ぎさった時代を生きる俺たちには、まるで分からない。
「口裂け女に食べられるかもしれない」と涙目で震えながら近所を歩く恐怖感なんて。
だからこそゲームを通して疑似体験して遭遇する未知の脅威の破壊力よ。
日常にひそむ怪異とあって、とくに住宅街の景色や雰囲気が絶妙にリアルだし。
設定やシステムはホラーゲームのテンプレ的だが、風景描写や物音再現、音楽制作などにこだわり、日常を演出することに特化。
一方でキャラは、あえて雑なCGにしているらしく、ほぼ表情が変わらないのが逆に空恐ろしい。
日常の延長にあるホラーをコンセプトに、制作側がゲームに魂をこめれば、そりゃあ、最最最最恐。
もともとビビりの俺は、オープニングムービーで投げだした。
夕日がしずみかけの住宅街を、主人公が一人とぼとぼと歩いただけで、口裂け女は未出現だったというに・・・。
とはいえ、重度のホラー中毒だから、こわいもの見たさな好奇心が疼いてやまず。
(どんなホラーゲームでも無表情でクリアする猛者の)弟にプレイしてもらい、その体にしがみつきながら鑑賞。
嗚咽をあげつつ、目をこじ開けて見守ったのはチュートリアル部分まで。
で、現状はチュートリアル部分の半分くらいのところ。
はじめをすっとばして、意地悪にも口裂け女遭遇直前に放りこまれたらしい。
カットされた冒頭部分はというと。
主人公は小学生の女の子。
両親が国内外とびまわり仕事をしているとあって、引っ越しが多く、また新たに、この地域に住むことに。
引っ越しには慣れっこだし、人懐こい彼女は、すぐに転校先のクラスに溶けこみ、友人から地域一帯に流布しているおどろおどろしい噂を教えてもらう。
夕方に流れる「蛍の光」を聞き届けるまえに家に帰らないと・・・。
住宅街をさ迷う口裂け女に、見つかってしまう。
見つかったら、どうなるかは、昨日の夕方、恐怖体験したとおり。
が、「友だちの忠告をバカにするんじゃなかった、てへ!」と反省して済むことではなく。
一度、口裂け女と遭遇すると、特定の獲物として目をつけられる。
その日から「蛍の光」が流れたあとの六時以降、毎日、鬼ごっこをする羽目に。
もちろん、出没時間帯に外出しなければ大丈夫。
基本的に家には結界があり、住人は守られるし、口裂け女は侵入できない。
ただし、学校の友人の一人、ホラーオタク曰く「結界がもつのは、七日だけ」。
たとえターゲットになった子が外出しなくても、しつこく口裂け女は近所を探しまわり、自宅を見つけだす。
敷地に踏みいろうと何回も試みるうちに、結界に亀裂がはいって、七日目に破られるわけ。
唯一のアンチ(安全地帯)でる家を失えば、百メートルを六秒で疾走する怪物から逃れられず。
家のドアを固く閉ざし、ひきこもっていてもタイムリミットがあるに無駄。
といって、外に跳びだし、口裂け女と対決したところで、回避法はあっても撃退法はなく、お手上げ。
結局、口裂け女と遭遇したら、その時点で人生終了。
というわけでも、ないらしい。
口裂け女の噂が立つのは、この地域限定。
だったら、地域から放れれば、遠くに引っ越せば、口裂け女の力は及ばなくなると云われている。
だからか、この地域には引っ越す人が多い。
子供の間で流行するホラーネタを、大人が真に受けるとは考えにくいが、主人公のクラスは、半年で半数が転校したとか。
人が居つかない土地は価値が下がるし、家賃も安くなる。
値段の安さに惹かれ「曰くつきなのでは?」と気にしない人が、つぎつぎと引っ越してくるに、引っ越していった分の穴埋めを。
そうして頻繁に入れ替わりをしながら、地域の人口は一定数保たれているという。
この現象は、引っ越しの方法が有効なことの証明になるのか、どうやら。
一応、地域では、口裂け女関連と思われる事故や事件は起こっていないし。
もしくは口裂け女の噂自体、出鱈目ですくなくとも遭遇したからといって死なないのかも。
いろいろと可能性は考えられ、判断はしにくいが、口裂け女を間近で目にした主人公にすれば、居てもたってもいられず、万が一にそなえて引っ越したいと願うところ。
あいにく、聞く耳をもつ親ではないし、ろくに連絡もとれない家庭事情では、とても無理。
じゃあ、七日間、家で一人、孤独を噛みしめつつ、途方にくれて口裂け女が踏みこんでくるまで、ひたすら怯えるしかないのか。
いや、ホラーオタクの友人が云うには、試してみる価値がありそうな対処法があると。
口裂け女の正体を暴いて、また都市伝説にまでなった理由や経緯など、すべて明るみにすること。
そう、都市伝説でも象徴的といっていいメジャーな口裂け女なれど、案外、多くの諸説ある存在で、とらえどころがない。
その謎を探求していくのがゲームの肝なれど、調べつくしたところで成仏するのか、主人公が死を免れるのかは定かでなし。
そのうえで俺は序盤のプレイしか見ていなく、そこで得たもの以上の情報を持っていない。
初見でフレッシュ満点にプレイしたい派だから、ネタバレが目につかないよう気をつけていたし。
ネットのレビューを覗き見しとけばよかったと悔いつつ、腕の刺青「正 Τ」を睨みつける。
ご存知のとおり「正」は五画で、数字の代わりに、ものを数えるとき使う漢字。
「正 Τ」は全部で七画、つまりタイムリミットの七日を示している。
一日終えるごとに一画消えるわけ。
一応、刺青を擦るも、もちろん消えずにため息。
最恐和製ホラーゲームに転生なんて絶望的状況だが、本格的にゲームがスタートするまえに、心の準備ができるだけ、ましだろう。
三、四日目とかに放られたら、あたふたしたまま即死か、ろくに対抗手段がとれずにタイムリミットを迎えたかもしれないし。
こうなったら、どれだけお漏らしをしようが、恥も糞もなく最後の最後まであがいて、生きのこってやる。
かっこつけて決意したと同時に、昨日、早速ちびったのを思いだして。
制服に着替えるついでに、新しいのに足を通し、湿ったパンツを片手に一階に下りていった。
不機嫌な家政婦がくるまえに、パンツを洗って支度をし、さあ、いざ学校へと尋常に。
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