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一日目・調査パート③
歴史の準備室は、日本史のエンドー先生のねぐらと化していた。
教師をしつつ、地域の歴史、伝承の研究に勤しんでいるというから。
授業で使う資料は隅っこにおいやられ、中央にはでかでかとした作業机。
あたりは研究用の本や資材で埋めつくされている。
ドアをノックをし「どうぞ」と応じたのに「失礼します」と入室。
「ちからってて、ごめんね」と作業机をすこし片して、パイプ椅子を置き「どうぞ」と。
腰を落ちつけると「ちょっと待ってて」と本の山のむこうに消え、すこしもせず香ばしい匂いが。
もどってきたエンドー先生が持つのはお盆。
湯気だつカップ二つと、角砂糖が入った瓶、フレッシュが盛られた小皿。
それらをお盆から作業机に移して「ちょうど一服したいところだったから」と笑いかけたのに「あ、ありがとうございます」と熱いカップを手にとる。
ほんらいのゲームの主人公、小学生の女の子より俺は年上だが、コーヒーは飲みなれていない。
ちらりとエンドー先生を見やると、ブラックでごっくん。
甘いもの好きなイメージが女性にはあるものの、そうとも限らないのか。
「うーん・・・」と黒い水面を睨んで、でも、かっこつけている場合ではないかと、角砂糖二つ、フレッシュ二つを投入。
やや頬を熱くし、うつむいてスプーンでかき混ぜたものを「地域の歴史を知りたいって云っていたけど」とエンドー先生は気にしていないように本題へと。
「口裂け女関連のことかな?」
スプーンを止めつつ「いや、遠まわしに探っている暇ないだろ」と腹をくくって「そうです」と真っ向から見つめかえす。
いくら異性に不慣れだろうと、致死率の高いホラーゲームの世界にいては、やだやだと駄々をこねていられない。
のは百も承知とあり、放課後まで踏んばってきたものの、狭い部屋で二人きりとなれば、やはり委縮してしまう。
おかげで室内に入ってから、まともに目を合わせられなかったとはいえ、案外、あらためて向きあっても平気だった。
失礼かもしれないが、エンドー先生は女らしくなかったから。
カットしたり、セットする暇が惜しいとばかり、ぼさぼさの髪を一つに結んでいたし。
化粧っけなし、パンツスーツで洒落っけもなし、性格も教師らしくなく、ざっくばらん。
学者肌の人のようながら、気難しげでなくて、気さぐで温厚。
すこし婆ちゃんに似ているような。
この人なら、多少、ぶっちゃけても大袈裟にとらえて騒ぎたてたり、無神経に詮索はしてこないだろう。
と見こんで「口裂け女について気になることがあって」と切りだす。
「この土地は昔から神隠しがあって、十年くらいまえにも謎の失踪事件が起こった。
その流れから、口裂け女が誕生したのではないか。
そうミキオが教えてくれたんです。
で、もっと詳しく知りたいならエンドー先生に聞いてみたらいいって」
「どうして、そんなこと聞きたいの?」と聞きかえさず「なるほど、ミキオくんからね」とくつくつ。
単刀直入に「たしかに口裂け女のモデルかもしれないっていう、ある説があるよ」とベストアンサーを。
「江戸時代に、この土地に住む女が、夜、山を越えて、海沿いの町に行っていたらしい。
思い人の男に会いにね。
ただ、夜の山歩き、女一人でなんて、今でも危ないでしょ。
昔から神隠しがあったという土地だけに、まだ迷信深かった当時の人は、もっと怯えていただろうし。
で、女たちは対策のために狂人のふりをした。
これでもかって白粉をはたいた真っ白な顔に、真っ赤な口紅や頬紅を塗りたくって。
おまけに白装束を着て、落ち武者みたいに髪を乱して、頭に蝋燭を立ててときたもんだ。
丑の刻まいり、わら人形に五寸釘を打ちつける女のスタイルと似てるけど、さらに人参を咥えて、鎌を持っていたとか。
このすがたを見たら、人さらいや強盗は襲ってこないだろうし。
妖怪や霊の類も、負けず劣らずおぞましい格好をしているのに、震えあがって退散するだろうって考えたんでしょ。
ましてや、ふつーの人が夜の山道で遭遇すれば、失神するレベルだったんじゃないかな。
夜に危険を覚悟に、人目を忍んで男に会いにいく一途さから、むしろ怨霊のような鬼気迫る凄みがでてさ。
いじらしい乙女心だというのに可哀想に。
目撃した人が、あまりに強烈なインパクトを受けたせいか『夜にあの山を歩くと、醜女の怨霊に追われる』なんて怪談になってしまった。
海にでる迂回路ができて、女たちが山を越えなくなったあとも、しつこく。
彼女たち暴漢や怨霊から身を守るための対策をしただけなのに、自らが怨霊扱いされるなんて皮肉なもんだね。
今は口裂け女が台頭しているけど、十年前くらいは、山道の醜女の徘徊のほうが、子供たちビビらせていたよ」
語りに引きこまれつつ「十年前くらい」と呟き、エンドー先生が一息ついたところで「あの・・・」と質問。
「山道の醜女の怪談では、もし会ったとして、なにかされるんですか?
口裂け女の場合は、食べられたり、攫われたりしますけど」
「うん、そこなんだよ。
じつは口裂け女ほどはっきりと人に危害を加えるとは云われていない。
元になった恋する乙女たちは防犯のためにやっていたことだし、相手がとんずらすれば目的達成だしね。
ただ、一つだけ、山道の醜女と関連づけられそうな実例がある」
「実例?」と眉をしかめれば、エンドー先生は笑みを深めて、窓のほうを見やった。
窓の向こうの景色、そのなかで目立つ山を指さして。
たしか、あの山は・・・。
「昔、恋焦がれる女たちが、真っ暗闇のなか超えていたのが、あの山。
そして、十年前、失踪した女子高生が最後に目撃されたのも、あの山に入るまえだった」
時代を越えて昔の伝承と、今も未解決な失踪事件がつながった。
現実的には偶然の一致と一蹴されそうなことだが、ゲーム的には完全にフラグ。
「だから?」と笑えず、生唾を飲みこむ。
「十年前に、似たような謎の失踪がつづいたのは知っているかな?
目撃証言などの情報が乏しくて、どこで、どうやって消えたのかは、まるで分かっていない。
ただ、うち一人の女子高生が山で失踪した可能性が高いとあって、ほかの人もそうなんじゃないかって云われている。
つまり、山道の醜女の仕業じゃないかって」
口裂け女のモデルとなった説がある、山道の醜女。
その出没場所の山で、多くの人が失踪したかもしれず、目撃証言から女子高生の件は実例っぽい。
となれば、夜の探索ルートの目的地は、山道の醜女の縄張り、エンドー先生が指さす山に決まり。
かといって、一筋縄でいかなさそう。
一日目だから、口裂けの女の正体について「犯人はお前だ!山道の醜女!」と指を差して万事解決!なんてことはないと思う。
十年前の女子高生の失踪に、山道の醜女がどう関わっているのか、解き明かすことで、どういう形でかは分からないが、一歩前進するのだろう。
エンドー先生のおかげで、目的地とミッションが明確化したとはいえ、気が重たかった。
ただでさえ、日が落ちてから口裂け女と命がけの鬼ごっこをしないといけないのに。
死線をくぐりぬけて向かう暗い山道にも、得体のしれない、怨霊めいた女性が待ち受けているのだから。
つい肩を落とし、ため息をつくと「まあ、けっきょく、人の心がけ次第だよ」とぽつり。
窓越しに山を眺めながら物思いにふけっていたから、エンドー先生の独り言はろくに耳に入らず。
ただ、あとから思い起こしたとき、意味深に思えたもので。
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