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「――ここにおったんか」  男のしわがれた声が、私の意識を呼び戻す。 「探したぞ。」  嵐は去ったのか、空は透き通るような青さで私を見下ろし、薄くたなびく雲が筋を描いていた。  身体が氷のように冷たく、痛い。  見知らぬ男が雪の中から私を引き上げた。  誰だ?  スキー場の関係者ではない。山岳救助隊だろうか。  それにしては妙な姿だ。肩に狐のような毛皮を背負っていて、昔母に聞いたマタギの類に見えた。 「立てるか?」  男は(ほり)というらしかった。 「あんたの知り合いから頼まれて迎えに来た。……よし、立てるな。オレについて来い。もうこんな雪の中で彷徨う必要はない。……ん?」  堀さんは私の後ろを見た。 「なんだ、そこにもおったんか」  振り向くともう一人、スキーヤー姿の男が雪に身体の半分を埋めるような形で横たわっているのが見えた。  黒い巻き毛と大きな鼻、暗い水底にも似た顔の若い西洋人だった。  彼は長い夢から覚めたばかりのように、ぼんやりと薄く目を開けていた。英語で名を聞くと、フリオ、とおぼろげに返した。  それが〈じゅりお〉の本当の読みだということに気がついたのは、彼のオレンジ色の手袋を見たときだった。 「金は一人分なんだがな……」  バツが悪そうに歩き出す堀さんの背を、私とフリオは慌てて追いかけた。  青空の下に、目の眩むような白い雪原だけが広がっている。  あたりには私たちの足跡以外の一切がなく、時折ウサギか何かが通ったような溝が残るばかりで、陽の光に溶けた雪がガラスの破片ようになってそこらじゅうで光を反射していた。  やがて雪原を抜けて鬱蒼と白樺の茂る暗い山道に入り、所々に立ち上る熱い湯けむりをよけながら、私たちはひたすらに歩いた。  どこをどう歩いたのか、もはや時間の感覚すらなくすほどに長く、静かな旅だった。  何本もの木々を追い越していく。  これは救助活動ではない――私は薄々気がついていた。  ヘリの音はなく、無線もきかない。  だがそれ以外の何であるのか、なんの旅路で、どこへ行くのか、まったくわからない。  建物が見えたころには、雪が舞い始めていた。 「ついたぞ。」  降りしきる雪の中に、古く暗い旅館のようなものが見える。 「ここは、」 「まあだ。部屋も風呂もある。金は積まれてるから、ここにいる間は世話してやる。時間はいくらでもある。忘れてもいい、思い出してもいい。ここにいる間は好きにしな。――なぁあんた、外国の言葉は喋れるか? 後ろの兄ちゃんにも伝えたってくれ。」  振り向くと、泣きそうな顔でフリオがそびえ立つ旅館を見上げていた。
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