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 暗い廊下を歩き、私たちは部屋に戻った。  一人になりたくなかったのはお互いに同じだったようで、特に言葉もかわさずフリオは私の部屋に立ち寄った。  畳の上であぐらをかき、勝仁さんにもらった包み紙をひらく。  この粉雪の塊のような菓子――これがポルボロン、らしい――を、私たちは黙って食べた。  食べ終わってすぐ、フリオは顔を上げ、私の目を見た。口元に白い粉がついている。 「ここはその、つまり……天国(シエロ)なのか?」  こんな温泉旅館風の天国は聞いたことがない。だが、 「死んだってのは多分、本当だと思う」  おぼろげに思い出せることはある。  オレンジ色の手袋。  雪の中で身動きが取れなくなっているフリオを見つけ、無線で健治先輩を呼び、それから斜面を降りて応急手当を施そうとリュックをおろした時。  遠くから何かが近づいているのに気づいた。  その地響きのような音は雪崩に違いなかった。  今口にあるポルボロンの、水気を奪いながら喉を通っていく感覚と、あの時気道まで入り込んできた雪の感覚が重なっていく。  フリオは項垂れ、両手で顔を覆った。  私はフリオの隣りに座ってその背を撫でた。フリオが震えながら呟く。 「ゼン、本当に済まなかった。私があそこに行かなければ、今頃二人とも生きていたのに」  私は首を振った。 「いいんだ。別に、恨んではいない。フリオも淋しいだろう、こんな異国の地で、」  フリオの涙が畳にポツリ、ポツリと滴る。  部屋の外では雪が降りつづけ、その灰色の光が障子ごしに室内を照らした。  静かな室内に、フリオの呟くスペイン語が雪のように溶けて染み込んでいく。  エスパーニャ、という単語だけが私には聞き取れた。  それ以外の言葉はわからない。だが、きっと故郷に帰りたいと言っているのだろうと思った。 「少し眠ったほうがいい。」  布団を敷いて、横にしてやる。  その濃いまつ毛も、もじゃもじゃの黒髪もすっかり涙で濡れ、障子越しに差しこむ雪の光がその粒を輝かせた。  淡い光に照らし出されるフリオの寝顔を眺めながら、私は行ったことのない彼の故郷、スペインの礼拝堂のような建物でひとり祈るフリオを想像していた。
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