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まさかこの歳で犬ぞりに乗ることになるとは思わなかった。
掘さんは慣れた手つきで犬たちを操り、雪道を駆けた。
犬たちの力は強く、一瞬で旅館は小さくなり、白樺の森をいくつも越えていった。
氷粒の混じった風が、頬に吹きつける。
三つの凍った川を越えると、次第に森の両側に民家が見え始めた。
両側の景色は目まぐるしく移ろいでいく。
木々の合間からは時折高層ビルや首都高らしきものが見え、夜のときもあれば朝の時もあって、雨に濡れている様子も見えた。
ただ私たちが犬ぞりをひいている道だけが、ひたすらに真昼の雪の森だ。
その道だけが、別の世界だった。
やがて両側の景色は都市部を離れ、こちらとそう変わらない山道に変化した。
雪山の中に、見覚えのある白い建物が見えてくる。
その瞬間、私は胸の奥に風が吹くのを感じた。
そこは私の職場である小さなスキー場だった。
まだ雪は積もっていて、シーズン真っ只中のように見えた。
犬たちは律儀に駐車場で足を止め、私たちをおろした。
「こっちだ」
堀さんについて、通い慣れたスキー場のロッジへと入る。中には客もスタッフも居るのに、誰も私達に気づかない。
歩いて奥へ進み、〈関係者以外立ち入り禁止〉の扉を開ける。
何年も通い詰めた事務室の扉、その先には事務スタッフ、リフトのアルバイト、そして私と同じパトロール隊の人々が、ストーブの周りで談笑したり、スマホをいじったりしていた。
そこに堀さんと私が入り込む。
狭い事務室に、生きた人間と死んだ人間がぎゅうぎゅうになっている。
「あいつだ」
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