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掘さんが指さしたその先にいたのは健治先輩だった。
パイプ椅子に腰掛けてココアを飲んでいた。
「あいつが兄ちゃんのために金を出した。雪の中で死んで可哀想だ、せめてあたたかいところに連れて行ってやってくれと、俺の元を訪ね歩いて。」
「まさか、」
嘘だ、私はとっさにそう思ったが、声にならなかった。
私は健治先輩にとって単なる職場の同僚であるはずだった。
ただ毎日職場でのみ顔を合わせ、無線で会話し、勤務外のことを喋ることもなく、また酒を飲み交わすこともなかった。
そうやって同じ場所で十五年ともに働いた、それだけだ。
書類用のキャビネットの上には写真立てがのっていた。半笑いで写っている私の姿がある。消防から感謝状をもらった時の写真だ。
その横に、小さな花とキャラメルが添えられていた。
「どうして。」
「しらん。」
いつものようにそう言ったあと、掘さんは私の顔を一瞥し、また別の方を向いた。
「……しらんが、淡く積み上げられる縁だってあるだろう」
堀さんの目線の先で、健治先輩はひとり、誰と会話するでもなくぼうっと壁を見つめていた。
私は先輩のポケットの無線にぶら下がっている、鈴のついた招き猫の根付から目が離せなかった。
それは私がずっと――死んだその日も無線につけていたものだった。
私は健治先輩の隣で、ただ何も言えぬまま立ち尽くしていた。
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