. 。 . : * ・ ゜

2/2
前へ
/9ページ
次へ
 掘さんが指さしたその先にいたのは健治先輩だった。  パイプ椅子に腰掛けてココアを飲んでいた。 「あいつが兄ちゃんのために金を出した。雪の中で死んで可哀想だ、せめてあたたかいところに連れて行ってやってくれと、俺の元を訪ね歩いて。」 「まさか、」  嘘だ、私はとっさにそう思ったが、声にならなかった。  私は健治先輩にとって単なる職場の同僚であるはずだった。  ただ毎日職場でのみ顔を合わせ、無線で会話し、勤務外のことを喋ることもなく、また酒を飲み交わすこともなかった。  そうやって同じ場所で十五年ともに働いた、それだけだ。  書類用のキャビネットの上には写真立てがのっていた。半笑いで写っている私の姿がある。消防から感謝状をもらった時の写真だ。  その横に、小さな花とキャラメルが添えられていた。 「どうして。」 「しらん。」  いつものようにそう言ったあと、掘さんは私の顔を一瞥し、また別の方を向いた。 「……しらんが、淡く積み上げられる縁だってあるだろう」  堀さんの目線の先で、健治先輩はひとり、誰と会話するでもなくぼうっと壁を見つめていた。  私は先輩のポケットの無線にぶら下がっている、鈴のついた招き猫の根付から目が離せなかった。  それは私がずっと――死んだその日も無線につけていたものだった。  私は健治先輩の隣で、ただ何も言えぬまま立ち尽くしていた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加