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二つ揃え
どうしてBL作品は、あんな簡単に恋がはじめられるんだ。
どうしてBL作品は、簡単にその気にさせられるんだ。
俺はずっと、一人の男に恋している。
けれどもあいつは遊ぶように恋をして、彼女と別れても数日で新しい彼女を作ってしまう。
男の俺が割り込む余地なんてどこにもなくて、ただいつも俺の部屋で女の話をするあいつの相手をするだけだ。
想いを告げたら関係が壊れる。
巷のBL作品のように、とまどいながら二人が重なる想像ができない。
あいつは俺の部屋に長居するから、部屋の中はいつのまにかあいつのもので埋め尽くされた。
マンガ本、ゲーム機、マグカップに枕⋯。
おまえのセカンドハウスにするなら、一度くらいは気持ちを受け止めてくれ。と願っても、俺は失うことが怖くて言い出せない。
今日もあいつは缶ビールを土産にやって来て、新しい彼女がどうの、俺も彼女を作れだの、楽しそうに話をしている。
酔ったあいつは俺をからかう。
恋愛未経験だから、女の柔らかさを知らないんだと。恋愛未経験だから、ネガティブ思考になるんだと。聞きたくもない話を繰り返す。
俺の逃避場所は台所しかなかった。
いつものように「親子丼食うだろ?」と聞いて、答えも待たずに料理を始める。
数少ないレパートリー。
中でも親子丼は、いつでも同じ味が出せる得意料理だ。
待ってました!
と嬉しそうに手を叩く奴がいる。
人の気も知らないで、女の話をしながら酒を飲む奴がいる。
この行為が、あとでつらくなると分かっているのに、手際よく俺は仕上げていく。
まず早炊きで米をセットして。
鶏肉は小さく切った方が早い。
玉ねぎは二種類の厚さに切る。
卵はあまり混ぜすぎないように。
出汁は多く、醤油は少なめに。
二つ揃えで買った丼と箸を用意。
おまえが初めて「美味い」と言ってくれた日から、研究に研究を重ねて辿り着いた味だ。
なんだか親子丼で繋ぎ止めてる気にもなるが、胃袋は掴んでいると思いたい。
そう言えば、何人か前の彼女と別れた原因を俺のせいにされたこともあった。
彼女が作った親子丼がまずいと口論になったとか。それは俺のせいではないと思うが、おまえは絶対に譲らなかったんだってな。喜ぶべきかどうなのか、その判断は俺にはできないが。
さて、いい匂いが立ってきて、そろそろ仕上げだ。
部屋から「腹減ったー」と声がする。
絶妙の火加減。
気持ちを込めて、作品は完成した。
おまえはあぐらをかいてニコニコしながら俺を待っている。まるで新婚のようなこの瞬間が好きだ。
いっただっきまーす!
と言って丼をかきこむ姿が愛おしい。
今このときだけ、俺は恋心を顔に出す。
だけど⋯。
ごちそうさま。は終了の合図。
おまえは時計を見て、「んじゃ、そろそろ約束の時間だから」と立ち上がった。
これからデートなんだろう。
そんなこと分かっている。
そしてデートが終わったら、また俺の部屋に来て、その日の感想を言うんだろう。
おまえの恋を、俺は知っている。
どうして俺じゃダメなんだと言いたくなるぐらい詳しいんだよ。
おまえが去った後、俺は一人で片付ける。
二つ揃えの丼と箸。
それがとても胸を苦しくさせていく。
食費くらい払えよ。
キスひとつで充分だから。
出汁や卵の香る部屋に取り残された俺は、丼を抱きしめるように自分の中の愛を確認する。
おまえが去った後の俺。
みじめで、情けなく、満たされない。
この時間がとても嫌いだ。
巷のBL作品ならば、こういうときに背後から抱きしめてくれるんじゃないのか。
所詮はフィクション。
俺の恋は…、一向に報われる気配がない。
end.
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