私を、探して

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「力を使う度に巫女は弱っていったそうだ。三日間、寝込むこともあったらしい」 「じゃあ、弱って死んでしまったのか」  健斗は、ノートをペラペラとめくり、読んでみろと言いたげに指さした。 「えっと……」  健斗の祖父が残した文章。 「なるほど、そういうことか」  書かれていたのは、巫女の死に際のエピソードだった。まだ十代だった巫女は、大人たちに使われて寿命が縮められたことを恨んでいたのだ。 「自分の遺体を二百年間、保存しろ。さもなくば、大きな厄災が降りかかる。そう言って亡くなったんだ。恐怖で震えあがった有力者は、遺言を実現する方法を考えた。巫女の力はそれほど凄かったんだろうね」  健斗の解説を聞きながら、ノートの文字を目で追った。 「二百年前の技術で、遺体を保存するなんて無理だろう……そうか! そこで、雪室(ゆきむろ)の登場ってわけか!」 「そういうことだ」 「でも、雪をたくさん集めても、二百年は無理だろ」 「そうでもないらしい。じいちゃんの記録によると、山頂には大きな穴があるそうだ。地下は気温が低くなる。底に遺体を置いて、雪で穴を満杯にしたらしい」 「そんな事したら、遺体が潰れちまうだろ」 「丈夫な石棺を作って、中に遺体を入れた」  健斗が示した古文書の別ページには、石棺が描かれていた。 「毎年、冬になると、地域の人間が山に登って雪を詰めるのが風習だったみたい。しかし、いつしか、その風習は(すた)れてしまった」 「もし、雪が解けて、中の遺体が腐ったら……厄災が起こるんじゃないか?」 「遺言が事実ならな。でも、じいちゃんの調査によると、該当するような事象は起こっていない」  伝説を信じるなら、遺体は腐らずに済んだのだろう。もしかしたら、健斗の祖父が毎年、雪を足しに行っていたのかも知れない。 「残るは、最後の儀式だけ」 「儀式って?」 「石棺を開けるんだよ。そして、巫女を解放してやるんだ。それで、彼女は成仏する」  僕はゴクリと喉を鳴らした。顔が火照っていくのが分かった。恐怖を感じつつも興奮が混じっている。 「今日がなんと、その二百年目。だから、明日じゃだめなんだ。今日やらないと、何が起こるか分からない。なあ、涼介、頼む。じいちゃんの悲願を一緒に成し遂げてくれないか」  僕は即答できなかった。そして、少し考えてから口を開いた。 「大人に事情を話して、対応してもらった方が良くないか?」 「両親は、じいちゃんのことを変人だと思っていた。伝説なんて言っても、信じやしない」  健斗の両親が信じないなら、他の大人に説明しても無駄だろう。僕は古文書を手に取り、巫女が描かれているページを開いた。  今の時代でも通用するほどの美人だ。呪いを掛けるような人間には見えない。しかし、青春を奪われ、恨みを抱いて死んだのなら、呪いたくもなるだろう。 「分かった。行こう」 「さすが、親友!」  健斗は、いきなり僕の手を握ってきた。 「やめろよ。男同士で気持ち悪い」  僕は、即座に健斗の手を払いのけた。でも、親友と呼ばれたことには、悪い気がしなかった。 「いくつか山を越えた先に大穴がある。『龍の口』と呼ばれていたみたい。ここからだと、片道二時間ってところだ。じいちゃんの足で二時間だから、俺たちならもっと早く着ける」 「家族には何て言う?」 「互いの家に泊まりに行くってことにしたらどうだ?」 「すぐばれる嘘だな」  僕は腕組みをして思案する。しかし「正直に言う」以外の選択肢が浮かばなかった。 「行きに二時間、石棺を開けるのに一時間、そして、帰りで二時間。四時に出れば、夜の九時には帰れる。楽勝、楽勝!」  この辺の短絡さは、健斗らしい。壁に掛かっている時計を見ると、午後二時を少し過ぎたところだ。 「今すぐ出れば、暗くなる前に帰れる。それでいいじゃないか?」 「ダメだ。石棺を開けるのは満月の下でと決まっている。遺言でな。だから、ギリギリ夜になる前に目的地に着くのがベストだ」  スタートの時間を遅らせると、帰宅も遅くなってしまう。やはり、健斗の案しかない。 「一度、家に帰って登山の準備を整えてくる。山は冷えそうだから、装備は出来るだけ万全にしよう」  健斗は右手の親指を立てて「ラジャー」と唇の端を上げた。
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