私を、探して

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* * *  準備を整えてから、四時に健斗の家へ合流した。二人とも、分厚いコートにリュックサック。中にはチョコレートなどの食料に水、懐中電灯、携帯用毛布などを詰め込んでいた。  冬の山をなめてはいけない。大人たちから遭難の話を聞かされていたからだ。 「じゃあ、行くぞ」  鳥居を通り抜け、木製の扉の前に立った。遠目には分からなかったが、扉は大きな南京錠と鎖で閉じられていた。 「じゃーん。じいちゃん、サンキュー」  健斗はポケットから取り出した鍵を僕に見せてから、南京錠を開けた。その先には、細い山道が伸びていた。 「道とは呼べないなあ。獣道だな」  長らく人が通っていないため、草が伸びてツタが張っていた。 「想定よりも、時間がかかるかも」  僕たちは、扉を元通りに閉じてから、山道に足を踏み入れた。 * * *  少し歩いただけで、どこが道なのか分からなくなっていた。 「ここでも、じいちゃん、ありがとうだな!」  健斗はノートを手に持っており、時々、地図を確認した。  地図には、目的地までの道のりに赤ペンで×がいくつも記入されていた。それは道しるべの位置だった。×の位置にある木には、赤い紐が巻かれていた。 「じいちゃん、何度も下見をしてたんだな」  目印を数えることで、現在位置を把握することができた。しかし、高い木々の間、道なき道を進むのは容易ではなかった。 「健斗、もう六時だぞ。予定では、そろそろ到着するころだ」 「それを言うなって。進軍あるのみ」  予定より時間が掛かっていた。でも、ここまで来たのだから引き返せない。懐中電灯は持参している。しかし、街灯もない山道だ。辿りつけても帰れるか不安が残る。  太陽が低くなり、標高が上がったことで気温が下がっていた。  寒さを感じて、僕はダウンコートのフードを被った。 「30分遅れで到着!」  健斗はガッツポーズをしたが、その背後の太陽は西の空に沈みかけている。  山頂には、ぽっかりと口をあけた大穴があった。ノートに書かれていたことは事実だったのだ。僕たちは、恐る恐る覗き込んだ。 「真っ暗で下が見えない。でかい穴だな」  直径10メートルはありそうだ。この穴に、死体が腐らないよう雪を詰めたのだ。 「涼介、落ちるなよ。穴は相当に深い」  夜だと、気が付かず落ちてしまいそうだ。そう思うと背筋に悪寒が走る。 「ロープを出そう。早く、ミッションをやり遂げないと」  互いにうなずき合って、リュックサックからロープを取り出した。 「じいちゃんの悲願を達成するんだ」 * * *  ロープを手近な太い木に結んで、他方を『龍の口』へと垂らした。 「涼介、先に行けよ……」  いつもの健斗なら一番乗りしそうなものだが、怖気づいたのか健斗の眼は泳いでいた。反対に僕は心臓がバクバクなり、興奮度が高まっていた。でも、これは健斗の家系の問題である。  先に降りるのは健斗であるべきだろう。 「びびんな、お前らしくない」  健斗の背中を強く叩いた。健斗は「そ、そうだな」と声を震わせた。 「俺が先に降りるから、涼介はあとから来てくれ」 「分かった。もう、日が暮れる。急がないと真っ暗になっちまう」  薄暗くなってきた空を見上げる。そこには、満月が白く透明な光を放っていた。帰り道が心配なので急がないといけない。  健斗は、ロープをつたって穴の底へと降りていった。  俺も続いて降りる。  公園の木にロープを掛けて登ったり下りたりする遊びは、都会でもよくやっていた。しかし、穴は相当に深く、手を滑らせて落ちると捻挫では済まないだろう。  死体を見つけたら、どうすればいいのだろう?  半分ほど下ったあたりで、ふと考える。写真を撮り、伝承が事実だったと健斗の両親に告げればいいのだろうか?  写真なんて不用意に撮ったら呪われてしまうかも……。強い力を持っていた巫女。少年の一人や二人を呪い殺してしまうくらいの力が残っているかもしれない。  単調な動きを繰り返して下っていく。気が付くと、飛び降りても大丈夫な位置にまで至っていた。  ロープから手を離して穴の底に飛び降りると、サクッと雪の感触が足の裏に伝わった。 「急ごう、日が落ちて来た」  先に到着していた健斗が空を見上げた。月明かり以外には何も見えない。  僕らは懐中電灯で周囲を確認する。穴底の中央に、僕らの身長ほどの雪山を発見した。 「中を確認しよう」  僕は手袋をはめ直して、手を雪の中に突っ込んだ。指先が固い何かに触れた。
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