私を、探して

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 ゆっくり手を突っ込んて良かったと安堵する。勢いよく突き入れていたら、手首を捻挫しいていただろう。 「固いものがある。すぐそこだ」  手で雪を払いのける僕に、健斗も加わる。 「やっぱりあったんだ。これは、石棺だ」  雪を取り除いたその先には、直方体の石棺が横たわっていた。明らかに人工物だ。天然の岩などではない。その証拠に、石棺の上部には平たい岩が乗せられていた。 「本当にあった。信じられない」  健斗は古文書を取り出して、僕に差し出した。墨で書かれた石棺の絵は、目の前にあるものと一致していた。 「じいちゃんの情報は正しかった」 「早速『死体の開放』に取り掛かろう」  二百年目の満月の夜に石棺の蓋を開ける。これで、恨みは晴れ、巫女は成仏するのだ。 「よ、よし。二人で押すぞ」  僕らは、蓋となっている平たい石を押し始めた。両手に力を込め、足を後ろに引き全体重を押し付ける。 「重たい、動かない」 「踏ん張れ、涼介」 「やってるって」  石からの圧力で手のひらに痛みが走る。全力を投入すると、血が頭まで駆け上った。  ギギギギ……。  1センチ、2センチ……少し岩が動いた。 「もう、少しだ」  頭が一つ分入るくらい岩がずれた時点で、押すのをやめた。 「この位あれば、中が見えるだろう」  30センチほど岩をずらした辺りで、二人は押すのをやめた。 「懐中電灯で中を照らしてみよう」  健斗は懐中電灯を片手に、石棺の中に首を突っ込んだ。  二百年間、保存された巫女の死体は驚くほど良好に保存されており、まるで眠っているかのように平和な表情を浮かべている。  身に着けているのは、細やかな刺繍が施された着物。その周囲には勾玉や剣。  僕はそんな情景を頭に思い浮かべた。 「おい、空っぽだぞ」  石棺に頭を突っ込んだまま、健斗が間の抜けたような声を上げた。声は石棺内に響いていた。 「嘘だろ。代われ」  交代した僕は、懐中電灯で石棺中を照らした。ゴツゴツした岩の底が見えている。内部を隈なく見渡すが何もない。 「巫女がいるなんて嘘っぱちだったのかよ!」  苦労が報われないことに落胆したからか、健斗はいつになく汚く言い放った。  その時だった。風がビューと吹いた。  不思議な出来事だった。風は石棺の中から吹き出したのだ。  風は小さい竜巻を起こして、穴の上空へ上っていった。  ――何かの気配。  そんな感覚に見舞われる。目に見えない何かが、つむじ風となって大穴の入口へ上昇していった。 「おい、今、何か感じたよな」  健斗の声は震えていた。 「ああ……確かに人の気配だった」 「おい、涼介。まずいぞ、雪だ……」  上空から粉雪が舞い降りてきた。月が見えない。晴れていたはずの空が、ぶ厚い雲に覆われていた。 「ひとまず、上ろう」 * * *  龍の口から這い上がった僕たちは、周囲の景色の変化に目を疑った。一面、白銀の世界と化していた。 「天気予報は、確かに晴れだった。雪なんてあり得ない」  健斗は、寒さに手を擦り合わせた。気温が急激に低下していた。 「涼介、早く戻ろう」  健斗は、木に縛っていたロープをほどいて片付け始めた。僕は、作業を手伝うでもなく、黙って考え込んでいた。  その間にも雪は降り続いている。結晶が大きい。これは、積もる雪だ。 「おい、涼介、行くぞ!」  健斗は、苛立ちの叫び声をあげる。 「動くべきではない。移動したら命に関わる」 「じゃあ、ここで野営でもするのか!」 「そうだ」  僕は龍の口の向こう側を指さした。そこには、洞窟が口を開けていた。穴に降りる前に存在に気が付いていたのだ。 「キャンプ道具がリュックサックに入ってる。暖を取ることもできるし、毛布もある」 「嫌だ、俺は帰る!」  歩き出そうとする健斗の腕を掴んだ。睨みつけるような視線を向けてくる健斗に、僕はゆっくりと首を振った。  朝まで待ってから移動すべきだ――そう目で訴えかけた。 「分かったよ……お前の案に乗ってやる」
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