少女たち、大人たち

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少女たち、大人たち

 須賀縫と、瀧峰子。  なんとふたりは、四国の愛媛県からはるばるやってきたという。  半年前の夏、ふたりの住んでいる果西(かさい)市で、事件が起きた。大規模な山火事だ。さらに市街地でも火事が多発し、ネット上で、女子学生のグループが放火して回っているという怪情報が飛びかった。  山肌が炎をあげているものすごい映像はぼくもニュースで見たし、「#果西大火」というハッシュタグのついた投稿がSNS上を流れていくのも目撃した。  だけどあの事件には、普通の人が知らない、隠された真相があった。  あの大火を引きおこしたのは二体のおばけで……そのうち一体が、あのメイズさんだったんだ。  メイズさんの本当の名前は、迷子小鬼(メイズゥシャオグイ)。  台湾の養小鬼(ヤンシャオグイ)という呪術で作られた、子供の魂を宿す人形。  未来を予知し、子供の命を食べる怪物だ。  占いの力で自分を信用させ、思いどおりにあやつるのがメイズさんのやり口だった。  縫と、彼女が所属していたバスケ部の仲間たちはまんまとその企みに乗せられ……知らず知らずのうちに、メイズさんの復活に加担させられてしまったんだという。  つまり、ぼくと同じだ。  ……それでも縫と峰子はおばけたちの企みに気づき、戦って、勝った。  メイズさんは本体である金色の懐中時計を徹底的に破壊され、二度と復活することはできない。  そう思っていた。  だけど、実際は違った。メイズさんの魂は、事件の関係者のひとりだった西林(さいりん)詩歌(しいか)という人にとり憑ついて、息をひそめていたんだ。  一か月ほど前。縫と峰子のもとに、西林詩歌が亡くなったという知らせが届いた。  入院先の病院で、階段から足をすべらせ、転んで首の骨を折ったんだという。  西林詩歌が入院していたのは、この兵庫県。新上(あらかみ)にある総合病院の精神科。  リアが話していた、神代家の所有する病院というのが、まさにそこだった。西林詩歌のお母さんは、このあたりの出身で……新上(あらかみ)に実家があったんだ。  縫と峰子は、西林詩歌に線香をあげさせてもらうため、冬休みを利用して新上(あらかみ)にやってきた。ぼくと彼女たちがバスのロータリーでニアミスした、まさにあの日だ。  ふたりははじめから、西林詩歌の死はメイズさんと関係があるんじゃないかと疑っていた。  詩歌の家族から話を聞き、その不審な死にざまにますます疑いを強めたふたりは、病院の関係者に聞きこみをして、なにが起きたのかを調べはじめた。  娘を亡くしてさびしかったからか、詩歌の母親は、予定を延長したふたりを快く連泊させてくれたそうだ。  病院事務のお姉さんや清掃のおばさんは、入院中の西林詩歌が異常な確率で未来を言い当てていたことや、奇妙な占いをくり返していたことを教えてくれた。そしてこの病院のオーナーである神代鴻介さんが、そんな詩歌のようすに興味を持ち、たびたび接触していたことも……。  ふたりは鴻介さんの行動を怪しく思ったものの、神代家に踏みこむほどの確証は持てずにいた。そこで、詩歌の主治医であり鴻介さんの婚約者でもあった、洲本(すもと)鍔芽(つばめ)という女性を探すことにした。ただ、この人は西林詩歌の亡くなった事件のあと、病院を辞めて東北の実家に帰ってしまっていて──いろんな人づてに連絡先を聞きだして、なんとか電話で話を聞くことができるまでに、一週間ほども時間がかかってしまった。  その間に──ぼくは、あの座敷牢に囚われていた。  ぼくの姿が見えなくなったことに、時枝(ときえ)おばあちゃんはすぐに気づいて、東京の父さんたちに連絡をとった。  志筑(かける)と、志筑美鷺(みさぎ)。  連絡を受けて、ふたりがまっさきにはじめたのは……いったいどっちが悪いのか、お互いの非を指摘しあうことだった。  ……まあ、当然そうなるだろうね、って感じ。  この時点では、父さんも母さんも、ぼくの失踪は離婚騒ぎのストレスが原因の家出だと思っていたそうだ。というわけで、ふたりの話しあい……というかケンカは、もめにもめた。なんと、休憩をはさみながらとはいえほとんど丸一日ケンカしつづけたというから、あきれるのを通りこして感心してしまう。間違いなく、ふたりの夫婦ゲンカの最長記録だろう。  そんな、長い長いケンカを終えて、へとへとに疲れきったふたりは……。  唐突に、こんなことをしてる場合じゃないと気づいたんだそうだ。  ふたりは手分けして、ぼくの行きそうな場所を探すことにした。母さんは東京に残って、学校関係者と連絡をとりつつ帰りを待つ。父さんは自分の地元でもある壇ノ市(だんのいち)に駆けつけ、失踪前後のぼくの足取りを追う。  ぼくはてっきり、父さんがひとりで現れたのは母さんと考えかたが合わなかった結果だと思っていたので、ふたりがちゃんと連携して動いていたのは意外だった。ちなみに、あくまでぼくが家出したと思っていた父さんたちと違い、おばあちゃんは終始一貫して、ぼくが誘拐されたんじゃないかと考えていたそうだ。さすがはおばあちゃん、正解。  ともあれ──ぼくの足どりを追った父さんは、すぐに神代家にたどり着いた。  そこで鴻介さんやリアたちと交わされた会話は、ぼくがあの回廊で目撃したまさにそのままだったらしい。父さんはその時点で、ぼくが東京に帰ろうとしたんだと思いこんでしまった。  ぼくの行方の手がかりをつかみ、それを母さんに報告したことで、父さんは少しだけ安心した。同時に……ぼくを、そこまで追いつめてしまった自分を責めた。  そして父さんは、ぼくの気持ちを少しでも理解しようとして……新上(あらかみ)のスーパー内にある鯛焼き屋で鯛焼きを買うと、ベンチに座って食べたんだそうだ。  なぜ、そんなことをしたかというと、リアが言っていたからだ。  ──鯛焼きを、ふたりで食べたんです。  ──バスロータリーのベンチに座って、電線を見上げながら……。  もちろん、そんなことでぼくの気持ちなんてわかるわけがなかった。やるせない気持ちで鯛焼きを食べ終えた父さんは、包み紙を捨てるために、ゴミ箱を探した。  ちょうどそのベンチの近くには、よくあるプラスチックのゴミ箱が置かれていて、パチンコ屋や雀荘のチラシがベタベタ貼ってあった。そのチラシの中に、妙に新しい紙が一枚だけまぎれていて……そこには、こんな文面が書いてあった。 「H.S.は籠の鳥。パパの連絡待ってます」  H.(ひばり)S.(しづき)。  チラシには、フリーメールのアドレスが併記されていた。妙な胸騒ぎを感じた父さんがダメもとでメールを送ってみると、意外にもすぐ返事がかえってきた。  メールの送り主は、神代鷹次と名乗った。
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