オノゴロさまの家

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 オノゴロさま――オノゴロ童子さま。  なんなのそれ、と問いかけが口をついて出るより先に、ぼくの脳裏を、昨日耳にしたひとことがよぎった。 「それって……座敷童子(ざしきわらし)?」 「んふぅふ。もう調べはついてるってわけだね。さすが」 「そういうわけじゃ……。おばあちゃんから聞いただけだよ。リアの家が、ちょっと変わった神さまを信じてるって」 「神さま……そうだね。神さまではある」  なんだか含みのある言いかただ。  リアはベッドに手を伸ばすと、さらさらしたパイル地の枕を引きよせて、顔をうずめた。 「ひばりは、座敷童子がどういうものか知ってる?」 「なんかの漫画で、ちょっとだけ……。確か、あれでしょ。家に幸運を運んできてくれる、子供の妖怪」 「そう。座敷童子が住んでる家は()(さか)え……反対に、座敷童子が出ていってしまった家は没落する。もともとは東北のほうに多い俗信なんだって」 「へえ」 「実際、神代家の先祖は東北の出らしいの。明治大正のころ、このあたりへ渡ってきて……淡路島で、オノゴロ童子さまに出会った。それ(・・)を家に連れて帰ってからというもの、神代家の財産はみるみる増えて、こーんな立派お屋敷を建てられるようになった。……という、言い伝え」 「……淡路島って、あの淡路島?」 「そう。瀬戸内海でいちばん大きな島。天気がいい日は、この家からも見えるよ。これは、『古事記』だか『日本書紀』だかに書いてあることなんだけど……神さまたちが日本列島を作るとき、いちばん最初に作られたのが、淡路島なんだって。またの名前を、淤能碁呂島(おのごろじま)という」 「あ、だからオノゴロさまなのか。オノゴロ島で見つかったから……。けど、座敷童子って、そんなポケモンみたいに捕まえてこれるもんなのかな」  そう言うと、リアは枕を抱えたままぶはーっと爆笑した。 「ポケモンて! ……けど、確かに近いかも。オノゴロさまはねえ、箱の中に住んでるの。この家の地下には、大きな座敷があって――その一番奥の神棚に、オノゴロさまの箱がお祀りされてるんだって。そしてお嫁さんに選ばれた女の人が、毎晩、オノゴロさまの遊び相手になってあげるの」 「遊び相手?」 「もちろんふり(・・)だよ、ふり(・・)。まさか、箱からニューッと子供が出てきてお手玉するとかあやとりするとか、そんなことないって。要するに、儀式っていうか……うちなりのジンクスなのかなあ。そうやって相手をしてあげるから、オノゴロさま、ずっと家にいてくださいね。うちの家を幸せにしてくださいね、っていう」 「それ、やらなかったらどうなるの」 「知らない。私が知るかぎり、一日も欠かしたことないから」 「そこまでしてご機嫌とってあげなくちゃいけないなんて、大変すぎでしょ。とんだくそガキじゃん」 「んふぅふ! ポケモンはまあ許すけど、くそガキはひどいなあ。一応、うちの神さまだぞぉ。……けど、ま、ふつうじゃないのは認めるよ。お嫁さんに選ばれたら、もう家を空けられないし……就職も旅行も、たぶん無理」 「え……本気で言ってる?」 「うん。……って言っても、別に、地下へ監禁されるとか、そういうわけじゃないよ? おばさんがああなってるのは、ああいう人だからで……私はほら、こんなだから。わざわざ閉じこめなくても逃げられないもん」  と、自分の足を指さして笑うリアに合わせられるほど、ぼくの神経はずぶとくない。  ぼくが笑わなかったせいか、リアもすぐ、笑いを引っこめた。ばつが悪そうに目をそらしながら、言葉を重ねる。 「……うちの家系って、定期的に私みたいな女の子が生まれるらしいんだ。歩けなかったり、心臓が悪かったり……。オノゴロさまのお嫁さんにはいつも、そういう子が優先的に選ばれる。鴻兄さんは、このしきたり自体、そういう障害を持つ子たちに、家庭内の居場所を作ってあげるための方便だったんじゃないかって言ってたな」 「リアは……それで納得してるの?」  リアが答えるまで、一瞬、間があった。 「……してるよ。一応。そりゃ、カビの生えたしきたりに人生を左右されるなんて、うれしいものじゃないけど……その代わりに兄さんたちに養ってもらえて、一生遊んで暮らせるなら、差し引きプラスじゃない? って」 「なら、ぼくが口出すようなことじゃないけど……」 「んふぅふ。なあに、その顔。心配してくれてるの? 大丈夫だよお。別に、生き血を搾って殺されるとか、怪物に食べられるとか、そういうホラー映画的な展開にはならないから」 「じゃあ、信じてないんだ? お化けのこと、全然」  ふたたび沈黙。  今度は、リアはなかなか口を開かなかった。 「ごめん。答えたくないならいいんだ。けど……リア、さっきからずっと、自分に言い聞かせてるみたいだったから」 「……!」 「なんか、自分の言ってること、自分で信じてないみたいだもん。本当は……怖いんじゃないの?」  ぎりっ、と、リアが自分の爪を噛む音がした。  ……やっぱり、こんなこと言うべきじゃなかったかな。  昨日今日(きのうきょう)会ったばかりの人間に、家庭のことばかりか、自分の内心を見透かしたようなことまで言われて、気分を害さないわけがない。普段のぼくなら絶対にやらないことだった。  それなのに、つい、余計な口出しをしてしまったのは――要するに、ぼく自身が(・・・・・)――。 「音がするの。たまに」  リアが発した言葉に、怒りや不快のひびきはなかった。  そこにあったのは、不安と――恐怖だけだった。 「なにかが床下を動き回って、床や柱がきしむ音……。真夜中の庭を、ず、どしゃ……ず、どしゃ……って、歩きまわる音……。兄さんたちは、家が古いせいで家鳴りがするんだとか――なんでもない音が反響して変なふうに聞こえるんだとか言うんだけど……私はどうしても、家族とは別のなにかが、この家にいるような気がする。小さいころから、ずっとしてるの」  リアの手は、ちぎり取ってしまいそうなほど強く、枕を握りしめていた。 「リア……」 「んふっ。おかしいよね。十五歳にもなって、自分が生まれた家にビビってるなんて。ひばりも、笑ってくれていいんだよ?」 「笑わないよ」 「え……」  リアの引きつった笑みが、戸惑いの表情に変わる。  反対に、ぼくは落ちついていた。自分でも気づかないうちに、話す覚悟が決まっていたからだ。  あのこと(・・・・)を話せる相手がいるとしたら、リアしかいない。 「笑わない。だって、ぼく――ふたりになった(・・・・・・・)ことがあるんだから」  リアの目が、みるみる大きく見開かれていった。
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