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籠のひばり
寒い。
下から染みこんでくるような冷たさを感じて、ぼくは目を覚ました。
闇の中に、円い明かりが落ちている。
あの紫がかった白じゃなく、オレンジ色をした電球色だ。天井から傘のついた電球が下がっていて、スポットライトのような円形の光を真下に落としているのだった。
光の中には、なにもなかった。ただ、すり切れてけばだった畳が敷かれてるだけだ。
光の輪の外は、墨を塗り重ねたように暗い。
身を起こそうとした瞬間、頭に、割れるような痛みが走った。
視界がぐわんぐわんと揺れて、とても立ちあがるどころじゃない。
ぼくは這いつくばったまま、周囲を手探りした。
体の下に、しけった布団が敷いてある。ぺったんこで、他人のにおいがしみついていた。薄い毛布が何枚か。布団の外は、畳敷きだ。指でふれると、すっかり冷えきっているのがわかる。
ぼくはミノムシみたいに毛布にくるまったまま、闇の中へ這いだした。畳のふちの線に沿って、手探りで進んでいく。
すぐに壁か襖に行きあたるだろうと思っていたのに、なかなか終点にたどりつかない。どうやら、かなり広い部屋みたいだ。二十畳? 三十畳? そんな広い和室に入った記憶なんて、人生で数えるほどしかない。
頭痛がひどい。目がかすむ。
そのせいか、なかなか闇に目がなれない。
っていうか、ここはどこだ。ぼくはどうなったんだ。
ようやく、行動に思考が追いついてきた。
切れ切れになった記憶のかけらが、頭の中をサブリミナル映像みたいに流れていく。
紫がかった地上の満月。光る子供。夜の路地。引き戸に映った赤い影。林の踏み分け道。爆音で通りすぎてゆく赤い車。なぎ倒される車椅子。顔を伏せて泣いていたリア。ぼくの手をなかなか離そうとしなかった、彼女の手。
困ったことに、記憶と一緒に痛みまでよみがえってきた。
頭だけじゃなく、全身が痛い。
右の肩と腰にはにぶい痛みのかたまりが居座っている。どうやら、倒れたときに強く打ったらしい。手の甲や足首にはすり傷。ひりひりと痛む。一番ひどいのは顔で、手でふれた左のほっぺたが、暗闇でもそうとわかるほど腫れあがっていた。
気を失う前に見た「あれ」はなんだ。リアはどこだ。あれから、なにが起きたんだ。
なにひとつわからない。痛みのせいで、考えがまとまらない。
そのとき、指先がようやく畳でないものにふれた。
角ばった木の感触。柱だ。古い木材らしく、つるつるしている。さらに手で探ると、一定間隔で縦横に木材が組み合わされているのがわかった。
要するに、木の格子だ。
かなり大きい。左右にどこまでも続いている。
頭の中に、絵を描いてみる。暗い畳敷きの部屋。そして木の格子。
これって。
座敷牢、ってやつなんじゃないか?
小さいころ、時代劇好きの母さんに教えてもらったおぼえがある。昔の日本家屋で、扱いに困った家族や病人を、そういう場所に閉じこめていたんだって。
そのとき、目の前で白い光が炸裂した。
光が目に刺さる。たまらず目をつぶった。
しぱしぱ何度もまばたきをすると、焼きついた格子の影がゆっくり消えてゆく。
蛍光灯の光だった。
格子の向こう側は、コンクリート打ちっぱなしの細い通路だった。壁は雑に塗られたモルタルで、壁の上のほうを、銀色の換気用ダクトが這っている。
通路の突きあたりにはスチールのロッカーが据えられていて、その上に、なんの装飾もないデジタルクロックがポンと置かれていた。
日付と時刻が読みとれる。十二月三十日、午後九時三十二分。
リアに電話で呼び出されたのは、二十九日の夜だった。じゃあ、ぼくは、丸一日近くも気を失ってたのか?
ロッカーの反対側は、どうやら上階へ続く階段になっているようだった。
誰かが、その階段をおりてくる。
コッ、コッコッ、コッ……。
やがて姿を現したのは、リアの上のお兄さん……神代鴻介さんだった。手には、水さしとコップの乗ったお盆を持っている。
「やあ」
鴻介さんは、眼鏡の奥の目を細めた。
「目覚めてくれてよかったよ、志筑ひばりくん。おつとめの初日に、なんとか間に合ったようだ」
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