7人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ
「あ、えっと、ぼく……」
「あァ?」
「ここの家の、リアさんに招待されて」
「リアに?」
ツーブロックの男はうさんくさそうに、ぼくの姿を頭から足元までじろじろ見まわすと、チッと舌を鳴らした。
「なんだ。女か」
なんだとはなんだ。女で悪いか。
そりゃ、確かに髪も短いし、だぼっとしたパーカーやカーゴパンツばっかり着てるから、「どっち?」みたいな反応されることも多いけどさ。
ぼくの内心の憤慨を知ってか知らずか、ツーブロック野郎はガラガラと入口の引き戸を開け、奥へ向けて怒鳴った。
「リア! 客だ」
玄関の中には靴脱ぎとスロープ。その先に、黒っぽい板張りの廊下が伸びている。
しばらくすると、廊下の奥からタイヤを転がすごろごろという音が聞こえてきた。
リアだ。昨日のものよりひとまわり小さい車椅子に乗っている。タイヤの横に別の輪っか(ハンドリム)がついていて、手動で動かすタイプだった。
リアはやけにせっぱつまった顔をして、白いほっぺたが赤く染まっていた。そのまま、けっこうな勢いで廊下を驀進してくると、スロープの手前でギッと止まる。
「もう、鷹兄さん! ひばりが来たら案内しといてって、言ったじゃない!」
「知るか。お前の客なら、お前で相手しろや」
「言われなくてもそうしますゥ~」
んべえっ、とリアが舌をつきだしてみせる。
鷹兄さん、と呼ばれたツーブロック野郎は面倒そうに鼻を鳴らすと、小指で耳くそをほじりながらどこかへ歩いていった。
ぽかんとしていると、しゅんと小さくなったリアに声をかけられる。
「ごめんね、ひばり。とにかくあがって?」
「あ、うん。……おじゃましまーす」
玄関で靴を来客用スリッパにはきかえ、先導するリアについて廊下を進む。
廊下は、しんと冷えきっていた。
何気なく壁に手を伸ばすと、ざらざらした土壁の感触がする。その手ざわりに、なぜか一瞬、デジャヴのような感覚に襲われた。
「……ホント、さっきはごめんね。びっくりしたでしょ」
ゆっくりとハンドリムを操りながら、リアが言う。
「あの人も、お兄さん?」
「うん。鷹次兄さん。鴻兄さんの下。うち、三人兄妹だから。……今日は私の友達が来るからねって、ちゃんと言っといたんだけどなあ」
「なんか、ぼくのこと男と間違えたみたい」
「あ! 確かに、女の子としか伝えてなかったかも。あの人、普段は神戸のほうの大学通ってるんだけどね。今は冬休みで帰省してるの。家の中うろうろうろうろして、普通にジャマ」
言葉は辛辣だったけど、別に本気で兄のことを嫌ってるわけじゃないのは、声の調子でなんとなくわかった。
「三人兄妹ってにぎやかそうだね。ぼく、ひとりっ子だから、なんか想像できないや」
「どうだろ……うちも、ふつうの兄妹とはだいぶ違うしなあ。鴻兄さんは長男で跡取りだし、もともと優秀だったから、責任とか周囲の期待とか、いろいろ背負いながら育ったんだよね。でも鷹兄さんと私はそういうのなくて、お金とヒマばっかり持て余してたから。ふたりともグレちゃった」
「リアもグレてるの?」
思わず笑ってしまう。
ゲーセン通いのことを言ってるんだとしたら、ずいぶんかわいいグレかただ。
「まあね。鷹兄さんとは、ちょっと方向性が違うけど。あ、ここ、私の部屋ね」
リアが車椅子を止めたのは、病院みたいな引き戸の前だった。低い位置に、手すりのバーがついている。
どうやらここも、車椅子のリアが開閉しやすいようにリフォームされてるみたいだった。
「うちのリビング、ムダに広くて暖房の効きが悪いから、こっちのほうがいいかなって思って」
「お気遣いどうも」
中は洋間だった。
えんじ色の絨毯に、古色のついた洋服だんすとベッド。空間が広めにとってあるので、ちょっとがらんとした印象を受ける。
そんな部屋の一角で、無骨なメタルラックが一台、異様な存在感を放っていた。
一番下の段にはごちゃごちゃと雑誌が詰めこまれていて――その上の三段には、なんと一段にひとつずつ、ライフル銃が飾られている。
ぼくの視線を追ったリアが、んふぅふ、と自慢げに鼻を鳴らした。
「L96A1、ドラグノフ、レミントンM700」
「……それ、銃の名前?」
「そ。モデルガンだけど」
「そりゃそうだ」
実銃だったら大問題だよ。
「銃、好きなんだ」
「唯一の趣味かなあ。スポーツ射撃って、聞いたことある?」
「あるかも。オリンピックの中継とかで……」
「そうそう。その身障者版に、パラ射撃っていうのがあってね。私がやってるのはそれ。これでも、空気銃の年少資格持ってるんだよ。月に一、二回くらいだけど、射撃場でコーチングしてもらったり」
「へえ。すごい」
そりゃあ狙撃のゲームも上手いわけだ。
「空気銃って……お祭りの射的で使うようなやつとは違うんだよね」
「あんなの、比べものにならないよ。普通に動物殺せるもん。私は野外じゃ撃てないけどね。狩猟免許ないから」
リアは心底残念そうに言った。
……免許さえあれば撃ちたいなあ、って聞こえるんだけど?
「狩猟といえば、この家、実銃もあるんだよ。お父さまが鹿撃ちに使ってたハーフライフル」
「鹿? 鹿なんているの?」
「昔はいたみたい。私は見たことないけど。どのみちお父さま自身、何年も前から寝たきりになっちゃってるから、ハンティングなんてできないけどね。……あれ、狩猟免許返納しなくていいのかなあ。今はもう、普通に銃刀法違反かも」
「えっ……それ、ぼくが聞いていい話?」
「んふぅふ。大丈夫。うち、邪悪な田舎の金持ちだから。警察も、ちょっとくらいならお目こぼししてくれるし」
「……やっぱり聞かなかったことにする。っていうかさ」
「なに?」
「まさかとは思うけど、リア、そっちの銃までいじくりまわしたりしてないよね?」
そう言うと、リアの目がすっと横に泳いだ。
「……撃ってはいないよ?」
「おいおい」
前言撤回。このお嬢さま、だいぶよくないグレかたしてるぞ。
最初のコメントを投稿しよう!