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嫌いな人間を消すたび、すり減っていく消しゴムに焦りと苛立ちを感じはじめていた丸山に最近部下ができた。
「だから、こんなのは簡単だろ。何回教えたらいいんだよ」
「申し訳ありません」
「謝ってほしいわけじゃなくて、俺は……もういいや、神崎さん、データ入力しといて。これと、これね」
「え……」
「なに?」
「な、なんでも、ないです」
「頼むよ」
新卒で入社してきた神崎は黙って頭を下げた。丸山はにやつく顔を抑えられない。神崎ときたらたいして可愛くない顔だちなのに仕事もできない。
どうして会社に入社できたのか疑問だし女の体でも使って面接官に取り入ったのではないだろうか。自分の下で使ってやるだけ感謝して欲しいものだ。消しゴムがすり減ること以外、今の丸山にこわいものはなかった。
「丸山さん」
「あ?ああ。もう終わったのか」
「佐藤課長が呼んでます」
「佐藤課長が?」
高橋の代わりに課長になっていた佐藤は温厚で人望が厚くけちのつけようがない人物だ。苦手とする人種である。呼び出された部屋に行くと佐藤から苦言を呈された。
「神崎さんは新卒だ。丸山君の苛立ちも理解するが会社としても、上司としてもパワハラを許容するわけにはいかないんだ」
「はい」
「指導がしづらいようであれば神崎さんは他の者に指導させるようにしておこう。丸山君の査定に影響はないよ」
「は……よろしくお願いします」
一瞬、このまま神崎を指導させてくれと演技で言いかけた丸山だったが考えてみれば神崎を好ましく思っているわけでもないのに演技しても意味はない。
あの女め、告げ口でもしたんだろう。佐藤が人事の査定に影響ないと言ってもどこまで信用できるか分からない。いっそ、消しゴムを使うか。小指の先ほどの消しゴムを手のひらに乗せて顔をしかめた。消したい奴が次から次へ湧いてくるのに消せる道具がない。
「いざという時のためにとっておくか」
時々老人に会った居酒屋に通っているのに老人はいっこうに姿をあらわさなかった。見つけたら脅しでもなんでもして新しい消しゴムを奪いとってやろう。
はずみで殺したって老人を消せば証拠は残らないのだ。仕事を定時で終わらせた丸山はオフィスを出て外に向かう。
「ん?」
ワイシャツの袖口についていたのは消しカスだった。舌うちして消しカスを払い落とす、払い落とす、払い落とす、払い落とす、払い落とす、払い落とす、払い落とす、払い落とす。
「は、はああ?」
シャツの袖口についているのではない。丸山の体から出ているのだ。丸山の頭は真っ白になった。
「ひっ……」
ショルダーバッグを落として尻をついた状態で這いずる。自分の身になにが起こっているのか、病院にいけばいいのか。
「す、スマホ……スマホ」
誰かに助けを呼ばないと。呼んだとして助けてくれるのか。丸山はもつれる指でスマホを取り出そうとして──自分の手が白いものに変わるのを目撃した。
丸山が覚えているのはそこまで。
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