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ユメが両手で海面をすくって、水をミチルにかける。
「わ、っぷ、しょっぱ! なにするのよユメ!」
「本のとおりだ。海ってしょっぱいね」
ユメに引っ張られながら砂浜をひたすら走って走って、仰向けに寝転んだ。
真っ青な空が目の前に広がり、大きな入道雲が流れていく。
海水浴客たちのはしゃぐ声、海鳥の鳴き声、波の音が耳に届く。
頭の中を埋め尽くしていた、かつての上司の言葉も風に吹き飛ばされていく。
(こんなに息が切れるくらい必死に走ったの、いつぶりだろう)
小学校のマラソン大会が最後だろうか。
筆記の勉強はできても、ミチルは体育だけはからっきし。リレー選手に選ばれたことなんか小学校の六年間に一度もなかったし、マラソンは最後から数えて三人目くらい。
「あははははっ。やっぱりおもいっきり遊ぶのって楽しいねえ。ミチルちゃん息抜きになった?」
「わかんない」
小学校中学年くらいから塾に通っていたから、友達とこんなふうにくたくたになるまで遊んだ記憶がない。
「海見たら、あとガイドブックに載ってるとこもめぐりたいね。ミチルちゃん、なんかオススメの店ある?」
「知らない。私、家と学校、家と職場の往復しかしたことないから」
淡々と毎日をこなすだけ。面白みのない人間だなと、自分でも思う。
ユメのように、些細なことをなんでも楽しめる心を持っていたなら、少しは彩りある学校生活を送っていたんだろうか。いまさら学生時代になんて戻れないけど。
「そんなときこそ伯母ちゃんから借りたガイドブックの出番ーって、あれぇ? ミチルちゃんこの本おかしいよ」
起き上がってガイドブックを広げたユメが、首をひねる。
「おかしいって、なにが」
ユメが開いてみせたおすすめショップの欄が、一部ハサミで切り取られていた。
もくじに抜き取られた部分が載っているのかと思って一番最初のページを開いたのに、もくじも一部切り抜かれている。クーポンが載っていたというわけでもないようだ。
一番最後のページにあるクーポンはなにも欠けていない。
そういえば今朝資源ごみに出したガイドブックの束も、こんな感じの本があったことを思い出す。
「むー。なんかこう、頭の中ボワっとするなあ。三つくらいピースがなくなったパズルをやらされているみたいで、ここだけわかんないの気持ち悪い。……あ、でもこれ最新号じゃん。てことは同じのを本屋で買えばさ、この無くなったページがなんなのかわかるよね。ミチルちゃん、本屋行こ、本屋」
「……ユメは頭がいいのか悪いのかわからないね」
さっきのビーチサンダルを買おうを言ったこともそうだけれど、ユメは機転がきく。
この発想力を勉強の方で活かせればいいのにと思ってしまう。
海の家でタオルを買い、足をよく拭いてから海を離れた。
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