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スーツを着たままベッドに体を投げ出して、駆は天井を仰ぐ。
高校三年生のあの日。
部活を辞めるなと泣いて止めてきた東堂を信じて、走るのが好きだという自分の気持ちを信じて続けていたなら。
世界陸上大会に出る夢が叶っただろうか。
歩のように、親の反対を押し切ってでも、我を通していたなら。
そんなことを考えてしまい、頭を左右に振る。
(俺は間違えていない。親父たちが言う通りに陸上を辞めたのは正しかった。家族を食わせていけるだけの稼ぎがあるし、一軒家だって持てた。これは“普通の人が望む幸せそのもの”だろう。歩のようないつ潰れるかしれない不安定な仕事じゃない)
何度も何度も、歩は間違いで自分は正しかったと、自分に言い聞かせる。
(そうじゃないと、この選択が正解じゃなかったら…………陸上を辞めたくなくて泣いた、あの日の俺が、報われない)
陸上を辞めて勉強に専念した駆を、両親は褒めちぎった。
「駆は歩のような駄目人間にはならないでね。私の期待を裏切らないで。東京の大学をストレート合格で留年なしで卒業できるなんて、最高よ。自慢の息子だわ」
(夢を追って親の期待を裏切った歩は、親不孝で駄目な子ども。夢を捨てて母さんたちの期待に応えた俺は………………応えなきゃ、俺も駄目人間だと、言われる側だったんだ。これが正解で。幸せなんだ)
「同窓会になんて、行かなければよかった」
親の期待通りで安定した道を選んだ。
駆は正解の道を歩いてきたはずなのに、駆の頬は、涙でぐしゃぐしゃだった。
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