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なんとか卒業前に採用通知が来た会社に入社したら、真っ黒黒だった。
なんとかマニュアル通りの仕事を覚えても、
「言わなくても察しろ」
「そんな簡単なこといちいち聞くな」
「自分で勝手に判断するな言われたことだけやれ」
「言われたことだけしかできないやつは無能だ」
二転三転する上司の言葉に踊らされ、何が正解かわからないまま罵倒される。
サービス残業は月五十時間を超えた。
三ヶ月でもう辞めたいと上司に言ったが平手打ちされる。
父にも泣きついたのに、「石の上にも三年と言うだろう。最低でも三年頑張ってから言いなさい」と諌められる。
父の言葉に従って働き続けたが、半年で精神もボロボロになり、辞職したいと直属の上司に改めて告げ、退職願いを出した。
「辞めるなんて許さん!」と元職場からの鬼電が五分おきにあったせいでスマホの着信音も怖くなり、衝動的にスマホを解約した。
そして今日まで、自室警備員となっていた。
風呂とトイレ以外では部屋から出ない。
母の美優が簡単な食事を部屋の前に置いてくれる。食べられる精神状態の時だけ食べている。
今日が西暦何年の何月何日なのかもわからない。
人形のように生きていたある日の朝、母がミチルの部屋の扉をノックした。
食事を置いていくときは物音でわかる。だから、あえてノックしてくるのはこれまでなかった。
「ねえ、ミチル。覚えている? わたしの妹……沙優の娘のユメちゃん。今年高三でね、明日から夏休みなのよ」
「……ユメが、なに?」
「その、成績があまり良くなくて卒業できるか怪しいらしいの。だから、ミチル。ユメちゃんの家庭教師、してあげてくれない? ユメちゃんも、ミチルが先生なら安心して勉強できると思うの。もちろん、引き受けてくれるなら、家庭教師のお給料を払うからって沙優がお願いしてきたの」
叔母も、今のミチルを知っているはずなのに。
引きこもりに家庭教師を頼むなんて、正気と思えなかった。
母はなおも続ける。
「ミチルがオーケーしてくれるなら、夏休みの間ユメちゃんにうちに住んでもらおうかと思う。あなたたち、仲良しだったから……赤の他人なら無理でも、ユメちゃんなら、大丈夫じゃないかしら。ね? ミチル」
労わるような、優しい声音だ。母は仕事を辞める時も、一度もミチルを責めたりはしなかった。
こうして引きこもりになったミチルを怒鳴り散らしてもいいはずなのに。根性無しだと怒鳴ったのは父の方。
うつむくと、この数年で伸び放題になってしまった髪が顔を隠す。
ミチルが培ってきたものなんて、社会ではなんの役にも立たなかった。
小さい頃、キラキラした目でミチルを見ていたユメ。
今のミチルを見たらどう思うだろう。
こんな情けない姿になっているなんて思わなかった、と幻滅されるだろうか。
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