夢を見たいユメ

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 ユメはテーブルに頬をくっつけたまま、片手でテキストをつまんでページを開いて閉じて繰り返す。 「……あたし思うんだけどさ。義務キョーイクじゃないのに、なんで高校行かないといけないんだろ。分数の割り算とか、二次関数とかさ、生活で使わなくない? 伯母ちゃんもさ、社会に出てから使ってる?」 「使っては、いないわね」  母も話を振られたけれど「実生活で使わないけどそれが授業で学ぶことだから勉強なさい」が出てこない。 「ミチルちゃん、たしか伯父ちゃんの弟さんは高校中退して家を出てったんでしょ。夢を追って」 「そうみたい。自分の好きなものを集めたセレクトショップを作るんだって言って、飛び出したって。バカなことする弟だ……って酔うたびに言うんだ」  親族の集まりで酒が入ると、父の愚痴は決まって家を出ていった弟・(あゆむ)さんの話だ。  実家を捨ててまで追いたい夢があるなんて、羨ましくなる。  ミチルは父に言われるまま勉強しかしてこなかった結果、大学を卒業した今でも自分のしたいことがわからない。  今頃、叔父はどこでなにをしているんだろう。  夢破れて大人しくただの会社員になったのか、ホームレスになったのか、それとも。 「いいなあ。あたしも高校やめてどっか飛び出したいよー」 「あてもなく飛び出したら路頭に迷うよ、ユメ」 「ぶーぶー」  現実問題として、目標もなく家出したってホームレス一直線待ったなし。 「大卒したって就活でめちゃくちゃ落ちまくったんだから、せめて高校は出とかないと、バイト探すのだって困るよ」 「ムー。大人になるってつまらないことだったんだね。やりたくもないのに意味のない勉強しなきゃでさ。あたし、大きくなったら楽しいことばかり待ってると思ってたのにな。雲になって、風になって、猫になって、鳥になって……何にでもなれるって」  ユメが盛大なため息とともにつぶやく言葉に、ミチルも心から同意する。  手を繋いで空を見上げていたあの頃は、根拠もなく、なににだってなれる気がしていた。
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