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「なんで?何のために?そんな恋人みたいなこと、ないない」
冗談で言ったつもりはない。眉を下げて小馬鹿にしたように笑う理人さんにムッとしながらも、彼の言葉に高揚していた心が急降下していく。
「恋人みたいって……。俺たちってそういう関係になったんじゃ……」
身体を重ねたのなら心を重ねたのも同然だと思っていた。
「はあ?たった一回ヤッただけで?俺は君とはセフレのつもりでやってきたいと思っているんだけど、それとも嫌だった?なら無理強いはしないけど。俺さ、恋人は作らないし、執着もないから、割り切った関係でいてくれると助かるんだけど。なんなら君も適当に遊んでくれていいよ。君もノンケならたまに女も抱きたくなるでしょ?暇つぶしだと思って、彼女出来たら適当に切ってくれて構わないから」
徹史の方など一切目をくれずに、スマホを眺めながら事務的に話を進めてくる。ほぼ初対面だから気持ちを推し量ってくれとまでは言わないが、勝手に不貞を働くような男だと思われるのは、心外だった。
「セフレの方が……俺も助かります。わかりました……」
徹史は腿の上で拳を握ると息をのみ込んで頭を垂れる。内心では反論したくても、言葉にすれば直ぐにでもこの人に見切りをつけられてしまいそうで、今ここで本当の気持ちを告白することは出来なかった。
「そう、じゃあ。これからも宜しく」
理人さんは煙草を咥えたまま、微笑んでくると灰皿に押しつけて浴室へと入って行ってしまった。
シャワーの音が虚しく響く部屋。
自分の気持ちが相手に通じていた訳では無かった。理人さんは欲を満たす相手としか見てくれていなかった事実に落胆する。絶望的な始まりだけど、出会う前のようなただ遠くで眺めるだけの赤の他人に戻ってしまうよりはマシだと思いたかった。
やっと繋がった関係を自ら断ち切ることはしたくない。
この関係を続けていたらいずれ、理人さんの氷のように冷たい心を溶かすことができるだろうか。欲求の対象としてじゃなくて、栗山徹史として、一人の人として、恋愛感情を抱いて求めてくれる日が来ないだろうか。
希望が見えない訳じゃない。
どうしても、理人さんを手に入れたい。
理人さんが欲しい……。
こんなに欲しいと思えたのは理人さんが初めてだった。
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