愛しているのに……

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理人さんとのデート当日。いつもはホテル街で待ち合わせをするが、今日はお互いの会社から近い駅方面で落ち合った。  徹史はこの日の為に初めて新調した三つ揃いの紺色のスーツに、水玉で朱色のネクタイを合わせて、少しでも理人さんと並んで恥ずかしくないように、身なりから気合を入れた。  ホテルの上階にある夜景が映えるレストランに到着してコートを脱ぐと、早々にスーツがいつもと違うことを突っ込まれたが適当にはぐらかしてやり過ごしす。  理人さんは自分の身体以外には興味がないと思っていただけに、徹史の服装など逐一気にしてなどいないと思っていた。思わぬところで彼に気づいて貰えて嬉しくなり、心の中でガッツポーズをする。我ながらかなり奮発して新調した甲斐があった。  しかし、身なりで背伸びをしていても、実際に畏まった食事が初めての徹史は終始緊張していた。予習はしてきたものの所作の自信はない。  一方でテーブルの向かいに座る理人さんは、運ばれたコース料理をナイフとフォークを使って慣れた手つきで口へと運んでいたので経験の差を見せつけられる。 「お前を見ていると、背伸びしている感出ていて面白いよな」 「背伸びしてる感って……。去年まで大学生だったんですから仕方がないじゃないですか……」  明らかに揶揄われていると分かる言動に躍起になるが、不思議と嫌な感じがしないのは初めて彼とベッドの上以外で真面に会話ができている高揚感からだった。      窓際の席で街を一望できる夜景と高価なディナー、それに目の前には好きな人。理人さんと関係を結んでからこんな日が来るとは半年前の自分は思わなかっただろう。 「ムキになるなって。俺からしたら初々しくて新鮮だなって思っただけだよ」  徹史が普段見ている彼とは違う、表情の柔らかさを感じた。いつもは一文字に引かれている口元が綻んでいる姿は徹史の胸を燻る。 「それって、俺のこと可愛いってことですか?」  単なる戯れだと分かっていても、レストランの雰囲気がそうさせるのか、理人さんの一つ一つの仕草に浮かれてしまう。 「たかがセフレにそんなこと思う訳ないだろ。調子に乗るな」  浮かれた徹史を冷たく突き放してくる彼は通常通りであるが、黙っているだけじゃいられない。 「調子に乗ってなんかいないですよ。そんな理人さんだって、お澄まし顔で食事してますけど、その信念じゃ誰かをこういう所に誘ったことなんかないでしょ?」  理人さんの鋭い言葉に心が折れそうになることもあるが、そんな彼の心無い一言を頻繁に受けていたせいで耐性がついたのか、今や言い返して小突くくらいの余裕はあった。 「誘ったことはないな……」  てっきり言い返してくると思った理人さんが、目を逸らして呟いてきたことに違和感を覚えながらもチャンスだと思った。 「じゃあ、なんでそんなに慣れているんですか?」  踏み込んだことだと分かっていても訊かずにはいられない。理人さんの雰囲気から俺の知らない、普段では教えて貰うことのできない彼のことを今日は聞きだせるような気がした。 「十九とか二十代前半は、社長クラスの男によく連れてきてもらっていたから……」  彼から社長クラスの相手と聞いて思い当たる関係といえばひとつしかない。仕事の付き合いでレストランなんて行くことは滅多にないだろうし……。 「その社長クラスの男も身体だけの関係だったんですか」 「もちろん、向こうは妻子もいたし」  ナイフとフォークでメインの牛肉のステーキを切りながら、淡々と話しては口に運んでいく理人さんは今まで見た以上に冷めた瞳をしていた。  理人さんが処女ではないと分かってはいたが、セフレの自分と食事を頑なに断る彼が過去に食事をする仲の男が居たことに虫の居所が悪くなる。  おまけに妻子持ちだったなんて……。 「それってアウトじゃないですか」 「アウトだけど、そこに恋愛感情はなかったからセーフだろ」 「セーフって……。でも食事までしていたってことは理人さん自身、少しは情が湧いていたりしたんじゃないんですか?」 「割り切っていたからそれはない」  眉を顰めて少しだけ鬱陶しそうに返してくる。どんなに怪訝な顔をされようとも徹史は彼のことをもっと知りたい一心だった。  勿論嫉妬心からもあるが、少しでも可能性を探したかった。理人さんにも誰かを好きになる感情があることを……。 「じゃあ、なんで続かなかったんですか」 「賞味期限切れになったから切り捨てられた」 「期限切れって……。ひどい」  まるで食材のようなものぐさ。徹史の経験だけでは到底理解できないような世界を理人さんは見てきている気がした。 「じゃあ、理人さんは今まで人を好きになったことはないんですか?」  彼にとってこの質問が地雷だと分かっていても聞きたい。その凍てついた心を溶かせる手段を少しでも見つけられるのであれば……。
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