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年を越し、理人さんが途中でホテルを出て行ってしまったあの日から一ヶ月程が過ぎていた。最も忙しいであろう年始を終えて、そろそろ連絡が来てもおかしくなかったが、彼からの音沙汰がない。
一度だけ新年の挨拶がてら、『あけましておめでとうございます。先日はすみませんでした。理人さんの都合のいいときに連絡下さい。今年も宜しく御願いします』と誘いの探りをいれたメッセージを送ってみたが未読無視をされたきりだった。
あんな別れ方をしたんだから、無理もない。理人さんの反応を見て少しでも期待してしまったことで、調子に乗ってしまった。結果的に彼に不快感を与えていたのだと反省する。
徹史は社内にある休憩ラウンジの自動販売機の前で、溜息を吐いては気がつけばその事ばかり考えていた。百円玉二枚をコイン口に入れて、無糖の缶珈琲のボタンを押す。
「お前の愛妻弁当はもう終わったんだな」
「愛妻弁当じゃないって言ってるだろ」
特に気にする程のことでもない社員同士の会話。振り返ってみると目と鼻の先で男性二人が丸テーブルに向かい合わせに昼食を囲っていた。
片方は見た事ないが、もう片方は確か経理部の井波(いなみ)さんじゃなかったっけ……。
偶に営業の際に出た取引先へのお土産代を経費で落としてもらうために経理部に出向くことがあり、よく見る顔だったので何となく顔と名前は覚えていた。
「でも、幼馴染みに作って貰ってんだろ?羨ましいよなー。ねぇ、かずくんとか呼ばれてんの?」
「はあ?そんな仲じゃないって、茶化すのもいい加減にしろよ。それより、部長が怒ってたぞ」
聞き覚えのある名前にドキッとしたが、気にしているカズくんではないことは明確なのでただ好きな人の言葉から発せられた名前だから過剰反応しているだけに過ぎなかった。
『やすふみ……やだ……かずくんじゃない……』最中に理人さんの口から零された名前は、レストランで彼が話してくれた、たった一度だけ好きになった人なんだろうか……。やすふみって人が彼の……。
愛を押し付けたことによって理人さんの封印していた苦い記憶を思い起こさせてしまったんだろうか……。だとしても、一言からくらい欲しかった。未読無視なんかじゃなくて、ちゃんと言葉で終わらせて欲しかった。
徹史はテーブルの二人から胸ポケットに仕舞っていたスマホへと目線を移し、取り出して画面を開くと二日前に送った『理人さん。お久しぶりです。今週どうですか?』と送って以来返事のないトーク画面を眺めていた。眺めた所で相手からの返事がないことには何も始まらない。
短時間とはいえ、あんなに毎週のように会えていた彼に会えないのは辛いものがあった。缶珈琲を口に運び、ただただ画面と睨めっこしていると、ポッとひとつのメッセージが流れてくる。
『栗山、今日空いてる?空いてたらいつものところで待ってる』
半ば諦めていた理人さんからのメッセージ……。明らかに自分を誘っている内容に沈みがちだった胸が躍る。
けれど、ぬか喜んではいけないのはもしかしたら直接会って終わりを告げられる可能性があるからだった。
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