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終業していつものホテル街付近で待ち合わせをする。徹史の方が早く目的地に到着していたみたいで、待っている間、期待と不安が織り交ざって何度もスマホの時計を確認しては気が気ではなかった。
待ち合わせ時刻から五分ほど過ぎた頃に、漸くスーツにウール素材のキャメル色のロングコートの男が歩いてくる姿を見て一安心した。
久々に見る理人さんはやっぱり、美しくて胸が高鳴る。此方に気づくと挨拶代わりに片手を上げて近づいてくる彼は、あの時泣き顔で去っていった表情をしていたとは思えない程、凛々しかった。
「久しぶり、じゃあ、行こうか」
徹史を見るなり、すぐさまホテルの方向へと歩き始める。別れ話を切り出されるのではと身構えていたのが杞憂に終わる。
この様子だとセフレ続行ということで捉えていいんだろうか……。
「理人さん。てっきり連絡がないので俺はもう用済みにされたのかと思いました」
徹史は慌てて先を行く理人さんに駆け寄ると声をかける。
「ああ……。そうしようかと思ったけど、あんなの単なる擬似体験にすぎないだろ?お前も好きな奴想って抱いていたのに、取り乱して悪かった。ちょっと思い出しちゃってさ」
好きな人を想って……。はあながち間違ってはいないが、理人さんと自分ではきっと意味合いが違うことは分かっていた。目の前の貴方を想って抱いていたとは口が裂けても言えない。今回のことでこれなら、告げてしまったら今度こそ音信不通になるんだろう……。
「あの、話していた人のことですか?」
「ああ。だけどもう止めてくれよな。ああ言うのは俺には合わない。もう一生しないでほしい」
「もちろんです」
理人さんが離れて行ってしまうくらいなら想いが届かなくても、この関係が終わらなければそれでいい。単なる欲目当てだけだったとしても、彼に必要とされているなら、今はそれだけで充分だった。
END
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