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彼には好きな人が居て、それも同性の幼馴染だと話していた。
向こうは唯のノンケで慎文は半ば諦めている恋だと話してくれていた。
「なんで好きなのに告白しねーんだよ」
いつものように誰もいない部室で行為を終えた後、衣類を直しながら慎文に問いかける。
慎文は早々に制服のズボンを直しては背もたれの無い青いベンチに足を乗せて体育座りをしていた。
身長は櫂より高くて図体も大きいくせにベンチに収まろうと身を縮こませている姿が妙に面白くもあり、可愛さもあった。
「カズくんに嫌われるのが嫌だから……。でも、俺がこんなことしてるって知ったら余計に嫌われるよね……」
膝に顔を埋めてこの世の終わりのような声で呟く。カズくんとは慎文の想い人の呼び名であった。
「じゃあ止めるか?止めたらお前としていること赤裸々にカズくんに話してもいいんだけど?」
「嫌だ。先輩はずるいよ……」
目隠しをしながらではあるが、櫂の促すままに行為に乗ってくれるものの、奴自身の本心では後ろめたさを感じていることが胸糞悪い。
それが面白くなくて櫂はわざと意地悪くそう提案すると、慎文は青ざめた表情で首を大きく左右に振っていた。
「分かった。お前がカズくんとやらと成就したらやめてやるよ」
あまりにも意気消沈している姿を見て、気に病まれても後々面倒なことになりかねないと悟った櫂は、僅かな親切心で助言してやったが慎文は「それはないよ……」と浮かない表情のままであった。
「全くないわけじゃないだろ。お前、正直キスも上手くなってきたし、寝返る可能性だってあるだろ」
ノンケが寝返ることなんて奇跡でも起こらない限り無いに等しいことは分かっていたが、奴の一途さに惹かれつつあった櫂は慰めるつもりで頭を軽く撫でてやった。
すると慎文は「あるかな……。だといいな……。櫂先輩。俺、カズくんと付き合えたら、丘公園でデートしたいんだ……。海見ながらキスとかもしたい」と頬を僅かに赤らめながら呟く。
櫂はそんな慎文の純真さに胸がギュッと締め付けられていた。
海辺でキスなんて自分の経験でしたことあっただろうか。
あったかもしれないが慎文の考えているようなロマンチックなものではなかった気がする。
どうでもいい相手とノリでキスをしてそのままコトに及んだ。
自分にはそんな思いでしかないし、傍から好きな相手と心を通じ合わせられるなんて思ってなんかいない。
櫂は希望を持つような関係ではないと分かっていても、慎文がカズくんの話をするたびに息が苦しくなる感覚を覚えていた。
いつの間にか割り切った関係から揺らいでしまった自分の心が決定的になってしまったのは、慎文がカズくんにキスを迫り避けられた話を聞いた時だった。
彼の想いは結局、届かずに終わった。慎文がカズくんに振られたことで安堵した櫂は、期待が芽生え始める。
次第に、想い合えない相手を想うより目の前の自分を見て欲しいなんて思うようになっていた。
しかし、櫂が想ったところで慎文が想っているのはカズくんだけ。
どんなにカズくんに冷たくあしらわれて嫌われて、辛い思いをしたとしても慎文の気持ちは自分に向いてくれることはなかった。
それでも体の関係を止めてしまえば慎文は自分には決して興味を向けることはないと分かっていた櫂は、関係を繋ぎ止めるためにも幼馴染の事で寂しい思いをしている奴を利用して誘うことを続けた。
しかし、行為中に呼ばれる名前と事後に相談される話は全て「カズくん」のことばかりで、慎文はいい意味でも悪い意味でも一途だということを思い知らされた。
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