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深く関わるべきではない。
自分の中で警鐘を鳴らしていても慎文を見かければ、自然と足が彼の元へと出向いてしまう。
週の初めにも拘わらず、珍しく栗山から「今日、会えたりしませんか?」と連絡があったのを無視して、閉店後の従業員専用玄関先で慎文が出てくるのを待っていた。
「おい、慎文」
足早に自分には見向きもせずに通り過ぎていく、嬉しそうな表情の慎文を呼び止める。
彼は櫂の声で振り返ってくるなり、気まずそうに目を逸らしてきた。
慎文の態度が露骨すぎて、一周廻って開き直りたくなる。
「先輩……」
「嬉しそうじゃん?なに?この後愛しのカズくんとでもデートすんの?」
ゆっくり歩み寄ると、慎文は手提げ鞄を両腕に抱えて俯いた。
まるでいじめっ子に詰め寄られているみたいな光景は気分がいいものではない。
確かに先輩の権力を使って半ば強引に誘った過去があるとはいえ、カズくんに振られてからは完全に合意の上だったはずだ……。
慎文は櫂の問いに大きく首を振った。
目を泳がせているところから明らかに嘘だと分かる。昔から慎文はそういう奴だった。
素直だから嘘がつけなくて、嘘ついても直ぐに行動や仕草にでてしまう。
「じゃあさ、呑みに行かない?久しぶりに積もる話もあるだろ?」
「嫌です……」
「なんでだよ。デートじゃないんだろ?なら俺に付き合えよ?」
心の中では止めておけと警鐘を鳴らしていても、慎文に詰め寄ろうとするのを止められない。
心のどこかで拒絶されてもなお、慎文のその一途さに好かれたいと思ってしまう。
「デートじゃないけど、カズくんと待ち合わせしてるから……」
交際しているのだから仕事のあとで恋人と落ち合うなどごく自然のことだと分かっていても、動揺が大きい。
「へぇ、ちゃんと付き合ってんだ。良かったじゃん」
今更だとしてもいい先輩面をしたくてただの強がりで虚勢を張る。
すると、慎文が唇を強く噛みしめて自身なさげに頷いたのを見逃さなかった。
「先輩……。俺、急いでるから……。じゃあ」
何か不味いことでも隠すように青い顔をしながら櫂の横を横切っていく。
物産展で二人の関係を問うた時も奴はどこか浮かない表情で返事をしていた。
そして、櫂が感じた二人の間の温度差。もしかして、交際しているのは嘘なのではないかと櫂は疑念を抱いた。
それくらいわかりやすい男なのだから好きな人と付き合えていたら、もっとこう、嬉しそうにしている筈だった。
「お前さぁ、本当に相手がお前のことを好きになったと思ってんの?」
意地悪のつもりで問うてみると、慎文の背中がビクリと跳ねてゆっくりと振り返ってくる。
「な、なってるよ……」
その割には弱々しくなる声音。
「じゃあ、お前の望んでいたカズくんとのキスやセックスは出来たか?」
更に小突いてやると、慎文は顔を真っ赤にさせ、俯きながら首を横に振る。
その気になれば嘘だってつけるはずなのに慎文の馬鹿正直な所が可愛かった。
この調子じゃクロだな·····。なんて思いながらも、慎文は意地を張っているのか「それだけが全てじゃないから·····」と苦し紛れの言い訳をしてくる。
「じゃあさ、ちゃんと俺にあいつ紹介しろよ。ちゃんと見定めてやるからさ」
慎文がカズくんの関係をぶち壊したくて何かをしようとは企んでいるわけではない。
唯、慎文を拒絶していたカズくんが奴のことを本当に受け入れたのか知りたかった。
結局ノンケが此方に寝返るなんてことはないと経験上から知っているからこそ、慎文には望むだけ無駄だと教えてやりたかった。
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