重いとか軽いとか

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それ以降、徹史はお店に毎日通っていた。一番の理由は自分を助けてくれた男に会うため。御礼を言いたかったのは勿論だが、できることなら彼とお近づきになりたかった。男はほぼ毎日来ていて、世間では連休だというのにスーツで来店してくるときもあった。  どうやら彼は徹史のような土日、祝日休みの営業マンではないらしい。身に付けているものも上質な時計だし、整髪料をつけ、身なりも常に整っているところから人前に出る仕事のような気がした。店に来るなり一人でゆっくり御酒を嗜んだかと思えば、オーナーと仲がいいのか終始お喋りをして帰っていく。  話し掛けるチャンスがなかったわけではないが、勇気とタイミングが合わず、なかなか声を掛けられずにいた。最初から露骨に好意を寄せているアピールは、それでこそ重いと言われかねない。第一印象が肝心であることが分かっているからこそ、失敗は出来なかった。   徹史が勇気を振り絞って話し掛ける気になれたのは、助けて貰った日から五日後のことだった。  週末の金曜日。休みだった会社も始まり、仕事の帰りに何時もの店へと足を運ぶ。オーナーに「今日はスーツなのね」と少しだけ持てはやされた後で、店内の扉側のカウンター席に座る。店の奥には、あの男がぼんやりと一点を眺めながら退屈そうにグラスに口をつけていた。  その姿に艶めかしさを感じてゾクっとしながらも、徹史は自分の御酒を持って男の元へと向かう。 「あ、あのっ。ご一緒してもいいですか?」 「ええ、どうぞ」  声を上擦らせながら男の横顔に話し掛けると、此方を一瞥してきた。自らの右隣の座席に置いていた鞄を左隣の椅子へと移動させると、空いた席を目差ししてくる。同席の許可を得たことに安堵するが具体的な策があるわけではなかった。 「あの……。この間はありがとうございました」  座席につくなり、男に向かって頭を下げる。しかし、男は身に覚えがないのか首を傾げたので慌てて「その……。薬の入った御酒を飲まされそうになったのを止めてくださって……」と補足すると「ああ……。そんなことあったっけ……」と忘れていたのを思い出したかのように呟いた。赤の他人を助けるなんて簡単にできることではない。   あくまで徹史の勘ではあるが、この人は悪い人ではない気がした。外見だけじゃなくて内面も魅力的な人だと分かると益々、恋心が燃えてくる。  何としてでもこの人を手に入れたい……。 「はい……。俺、栗山徹史って言います。貴方のお名前を伺ってもいいですか?」 「櫂(かい)理人(まさと)」  気だるく此方を一切向くことなく答えた櫂という男は徹史のことなど眼中にないのが明らかであった。最初から心を開いてくれるとは思っていないが、あまりの素っ気なさに心が折れそうになる。  だからと言って、始まってすらいない戦いを諦める訳にはいかなかった。 「櫂さん……。理人(まさと)さんって呼んでもいいですか?」  腰を座り直して姿勢を正すと、ダメもとで距離を詰めてみる。すると、一瞬だけ目線が此方に向いたかと思えば「お好きにどうぞ」とあっさり受け入れて貰えたことで可能性が見えてきた。  第一段階は突破できたと思いたい。あとは徐々にでも彼のことを聞きだして、仲良くなれれば……。   あわよくば連絡先を聞くことができれば……と思っていると男が頬杖をつきながら徹史の顔を眺めてきた。不意にかち合った瞳に心臓が跳ね上がる。 「君さあ、最近よく来てるよね?あそこで俺のこと、見てたでしょ?」  男は先ほどまで徹史が座っていた座席を目差ししてくると鼻で笑ってきた。あまり露骨になりすぎないように目が合ったら逸らして誤魔化していたが、バレてしまっていたらしい。
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