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「すみません……。理人さんとどうしても話をしたかったんですけど、いつも和美(かずみ)さんと話しているから話し掛けるタイミングが掴めなくて……」
櫂に指摘されて恥ずかしくてたまらなくなった徹史は顔を俯けるとテーブルの上の自身の拳を強く握った。適当にはぐらかすこともできたかもしれないが好きな人の前では嘘を吐きたくない。
そんな徹史の言い訳をどう思っているのか、黙って手持ちのグラスを眺める彼。何も言葉を返してくれない沈黙が怖い。
あからさまな態度過ぎて気味悪がられてしまっただろうか。名前呼びを許してもらい、好調な出だしだと思っていたが、希望の光は閉ざされてしまったかもしれない。
こんなことになるのであれば、最初から躊躇せずに話し掛けていれば良かったと後悔した。だから徹史が話し掛けた時、素気なかったのも納得がいく。
徹史は半ば諦めて、自分の行いに反省していると右手の拳が細くて柔らかい指先に包まれた。
何度も目を凝らしてみても、理人さんの手が自分の手に重なっている。彼が触れてきている体温と目を細めて微笑んでくる姿に、徹史の心拍数が上がった。
「じゃあさ、これからホテル行く?」
「え……?」
唐突な彼からの誘いに耳を疑う。このタイミングでホテルということは、目的が一つしかないことはどんなに無知な徹史でも予想できる。だから動揺していた。
「向こうの部屋でもいいけど、俺あんま、ああいうの好きじゃないんだよね」
店の奥の桃色の部屋を指して淡々と話す男。先程から何組ものカップルらしき人たちがあの部屋の奥に消えていっては、甘い喘ぎのような声が聞こえてきていた。
彼がどういう意図でソレを提案してきているのか皆目見当がつかないが、少なからず自分のことをいいなと思ってくれているような気がした。
「ええと……。それは……」
「君となら相手してやっていいよ」
戸惑う徹史の耳元に彼の甘く囁く声と息がかかり、背中から脳天を突くほどのゾクリとしたものが競り上がってきた。微かな期待で胸が高まる。こんな魅力的な人の体を触ってしまっていいのだろうか。
躊躇いはあるけれど、許されるならばほしい……。
理人さんの全てを……。
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