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触れられない心
お勘定は理人さんが持つというので、彼のお言葉に甘えてお店を後にした。大きい通りの繁華街から徒歩十分ほどの場所にあるホテル街へと向かうのかと思ったが、少しだけ外れた場所まで歩かされる。徹史は首を傾げつつも緊張と理人さんに触れられる歓びで頭がいっぱいだった。
同性を相手にするのは初めてだから上手くいくだろうか……。
僅かな不安を抱きながら理人さんについて行くと、ブルーライトの看板が目に留まる建物の前で立ち止まった。
一見ラブホテルだということを感じさせない程、一般的なホテルの外観と変わりない。そもそも徹史自身、異性の恋人がいたことがあっても施設を利用する機会はなかった。致すにしても大半は独り暮らしの部屋で、ホテルと言えば、如何にもソレを指すような外観を想像していただけに呆気にとられる。
一方で理人さんは、先陣を切って中へと入って行くと、建物内に入ってすぐのパネルを眺めて颯爽と部屋を選び、エレベーターに乗り込んでしまった。見慣れない黒い床に水色と桃色の蛍光灯の内装。右往左往としている間にも早々と先を行く彼に戸惑いながらも後に続く。
理人さんが選んだ部屋は、落ち着いて寝泊まりが出来そうなほど一般的なホテルと大差のない部屋だった。強いていうのであれば、ダブルベッドのヘッドボードに何のスイッチか分からないような数種類のボタンと避妊具が常備されているところだろうか。
「勝手に決めちゃったけど良かった?」
彼は部屋に入るなり、我がもの顔でソファに革製の手提げ鞄を投げ置くとネクタイの紐を解き始めた。ネクタイと釦が解かれた襟元から彼の首筋が見えて、思わずゴクリと唾を飲み込む。
「あ、はい。俺、ホテルとか初めてで道理とか分からないので理人さんの好きにしてもらえると助かります……」
経験豊富そうな理人さんの前で正直に話す恥ずかしさはあったが、素直にそう伝えると彼は口をあんぐりと開けて驚いていた。
「まじ?大学生のときとか大勢で遊んだりしなかったの?」
物珍しそうに目を丸くして驚く。男女大勢でホテルに行って遊ぶなど話では聞いたことがあったが、徹史自身は健全なお付き合いしかしてきたことがない。もしかしてこういうのも『重たい』という印象を与えてしまうのだろうか。ここで敬遠されてしまえば全て終わってしまうような気がして、徹史は慌てて「えっと、家が多かったから……」と曖昧に誤魔化した。
「ふーん。まぁ、学生ってお金ないもんな。つか、君いくつ?」
「二十三歳です。理人さんは……」
オウム返しのように彼に年齢を問うと、眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔をした。よく年上女性に年齢を聞くのは失礼に値すると耳にするが、異性でも適応されるのだろうか。ほんの数秒の沈黙に居心地の悪さと、自らの失態を反省していると、理人さんの方から「二十七だけど……」と何処か躊躇した様子であったが、答えてくれた。
雰囲気で年上だということは明らかではあったが、そう感じさせないほど、清潔感があるし肌艶も良さそう……。何よりもこの人の所作のひとつひとつが色っぽかった。
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