第1話

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第1話

 幼い頃から、何度も同じ夢を見ている。その夢の中で、私はいつも殺人を犯していた。  相手が誰なのかはわからない。思い出そうとしても、その顔には黒い靄が掛かっていてどうしても思い出す事ができないのだ。  夢の中の私は、とても残酷で。相手を殺した後、赤い血が指の隙間を流れ落ちていくのを見ながらひどく上機嫌に口元を歪めていた。  そして、躊躇う素振りも見せずその指を口元に運び、ぺろりと血を舐めているのだ。  ──考えるだけで、おぞましい。けれど、夢は願望の現れとも聞いたことがある。もしかしたら、潜在的にはあんな風に人を殺したいと思っているのだろうか? そう思うと、背筋が冷えていく。  最近では、毎日のようにこの悪夢を見るせいで眠りにつくのが怖くなってきているほどだ。 「……なるほど。その夢のせいで不眠症になってしまった、ということですね?」 「ええ。物心付いた時から何度も見てきたんですけど、最近は特にその夢を見る頻度が高くなってきて……」  医者はしばらく考えるような素振りを見せると、やがて口を開いた。 「とりあえず、お薬を出しておきましょうか。もし、それでも良くならないようなら、一度カウンセリングも受けてみたらどうでしょうか?」 「はい……そうします」  病院を出ると、私は重い足取りで歩き始める。  一先ず、これで不眠症が改善されるはずだ。今日は睡眠薬を飲んですぐに寝てしまおう。  薬局で処方箋を渡すと、すぐに薬がもらえたので、真っ直ぐ帰路につく。  家に着くと、不意にスマホが震えた。三年付き合っている彼氏──和樹(かずき)からのメッセージだった。『大丈夫か? 実乃里(みのり)。体調は悪化してない?』という文章の後に、「心配です」と言っている可愛らしい犬のスタンプが送られてくる。それを見た途端、思わず頬が緩む。  和樹は小学校の同級生だ。社会人になってから偶然再会し、一緒に遊んだり互いに食事に誘い合ったりしているうちに交際が始まったのである。 『大丈夫。今、病院に行って薬もらってきたよ』 『そっか。あまり無理はするなよ』 『うん』  そんなやり取りをしばらく続けた後、私はスマホをテーブルの上に置く。  ふと、カレンダーが目に入った。一週間後には、新居に引っ越す予定だ。だから、早く準備を終えなければならない。  というのも……近々、私は和樹と籍を入れるつもりなのだ。新居には既に和樹が住んでいて、私は少し遅れて入居することになっている。 (帰ったら、すぐに薬を飲んで寝るつもりだったけど……少し、引っ越しの準備を進めておこうかな)  そう思い立った私は、クローゼットから衣類を引っ張り出してダンボールに詰めていく。  一通りの荷造りを終えた後、ふとクローゼットの奥に白い箱があることに気がついた。 「……これ、何だっけ」  箱を開けると、中には小学校の卒業アルバムや当時使っていた手帳、仲が良かった子たちと交換した手紙などが綺麗に収められていた。 「あ、こんなところにしまってあったんだ。すっかり忘れてた」  懐かしさに目を細めながら、それらを一つ一つ手に取っていく。そして、ある一枚の写真を手に取った瞬間──私は動きを止めた。  それは、クラスの集合写真だった。しかし、その中の一人が黒く塗りつぶされているのだ。……そう、まるで存在を消されてしまったかのように。
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