たこ焼きにも砂糖をください

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隼斗は嫌気がさしていたのだ。 『盆祭り』 ーーその日は、一歩たりとも家から出ないに限る、というのが毎年、隼斗のこだわりであり、信念でもあった。 なぜなら、隼斗の家の前の通りが、祭りの開催地になっているからだ。 普段からあまり車通りのないその道は、毎年その日だけ封鎖され、混み合いーーいわば、歩行者天国になる。 言うまでもないが、普段の百倍は耳障りだ。 それは言い過ぎかもしれないが、五十倍は耳障りだ。 そして、提灯や屋台、集まる人間達の体温ーーそれらが引き起こす熱気は凄まじいものだ。 人混みが夕食の後の風呂よりも苦手な隼斗が、もし一歩たりとも家の外に出ようものなら、きっと吐き気を催すだろう。いや、現にもう引き起こしている。  けれど隼人の家は代々、「たこ焼き」の屋台を出店していて、毎年、兄と父が二人がかりで店を回していた。 二人はいわゆる根っからの社交的な人間で、彼らの人柄とそのコミュニケーション能力も相まってか、その店は毎年、地元の住民から愛されていた。 そのせいか、隼斗も「店を手伝わないか」と何度も父親から誘われていたのだが、有無を言わさず拒否していた。 ーー去年までは。 「悪い、隼斗! 今年はお前がたこ焼きを焼いてくれ!」 父からの突然の命令に、隼斗は思わず大きな声で、はあ?と間抜けな声が出る。 「なんで」 「父さんとタケトは、牡丹踊りの役が回ってきちまったんだ!」  盆祭りには、毎年、風物詩として『牡丹おどり』という地域伝統の踊りが含まれている。  簡単に説明すると、鬼が人間の女に恋をして、鬼が女の気を惹こうと踊り続けたという神話を元に、踊り師達が鬼と女に扮して踊る舞踊である。 『牡丹おどり』は専属の踊り師達のほかに、毎年、市内の大人達が交替で強制的に舞台に立つきまりになっている。 つまり今年、父と兄にその順番が回ってきたというわけだ。 「隼斗、お前がたこ焼き嫌いなのは十分承知してる。でも今年だけはお前はたこ焼き売ってくれ!」 いや、たこ焼き嫌いじゃなくて、接客嫌いなんだが。 ……それはいいとして。 「母さんは……」 「友達と箱根旅行だ!」 ーーな。 父は満面の笑みを浮かべながら、隼斗の肩を叩いた。 隼斗の目には自分の意のままに行動させようとする、悪魔の笑顔にしか映らなかった。 いや実際、こうすれば隼斗がNOと言えないとわかっているのだ。 「だから今年はお前しかいない。頼むぞ、隼斗」 そうして二人は、隼斗一人を屋台に置いて、踊りの打ち合わせへ行ってしまった。
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