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 小春(こはる)と名乗る彼女は、制服の上に群青色のコートを一枚羽織っただけの姿で、雪に潜って居眠りをしていたという。近所の公園のベンチに腰掛け、突拍子もない話に怪訝な顔をする侑樹に、彼女は大袈裟に両手を広げた。 「だから、私生きてないと思うんだよね。こんな雪積もってるのにさあ、全然寒くないんだもん」ローファーのつま先でちょんちょんと地面の雪をつつく。「普通さ、凍え死ぬか窒息するじゃん?」 「じゃあなに、おまえ幽霊なの」 「多分」  曖昧な返事に、手袋の両手を擦り合わせため息を吐いた。白い吐息が街灯の仄かな灯り、薄闇の中にふわりと浮かび上がる。 「腹は減らないのかよ」 「空かないね。不思議なことに」そう言って小春は、大きく呼吸をした。白いブラウスから覗く首元は雪のように白く、彼女の口から白い息は昇らない。 「一週間ぐらい前かな。気付いたら雪の中で目を覚まして、あちこちふらふらしてた。もし幽霊じゃなかったら、雪の精だと思う」  幽霊だろうが精霊だろうが、目をくるくる動かしてよく喋る彼女の様子は、そのどちらにも思えない。明らかに普通の状況ではないが、その態度はどう見ても普通の女の子だ。  徐に彼女が身を乗り出し、侑樹は思わず声をあげてその手を払った。 「なにすんだよ、冷たいだろ」 「だよねー」  首筋に触れた彼女の手は氷のように冷えていた。まるで生きた人間のものじゃない。首をさすりながら、不可思議な存在をしぶしぶ認めるしかなかった。  小春は、警察や病院に行こうという侑樹の提案を却下した。街を彷徨う以前の記憶がなく、医者が何とか出来るとも思えない。もしお経を唱えられ、強制的に成仏させられても嫌だそうだ。 「だからって、ついてくんなよ」  公園を出る侑樹の後ろに、小春は当然のようについてくる。 「どっかさ、隠れる場所とか知らない? 仮に警察とかに見つかったら面倒じゃん。だから雪に潜って昼寝してたんだし」 「じゃあまた潜ればいいだろ」 「退屈なんだよー」 「知らんわ」  小春の返事が途切れ、侑樹はちらりと背後の様子を覗った。彼女は足を止めるべきか迷っている風だった。白い肌に白い髪。まるで昔に絵本で見た雪女のようだ。だが、彼女は絵本の記憶とは真逆の内面をしている。 「……いいとこ思いついた」  ぼそりと呟くと、俯き加減だった顔をあげて表情をぱっと明るくする。とんでもないものを背負ってしまったかもしれない。侑樹はぷいと背を向けて帰路を辿り、団地の敷地に入ると遊具のあるスペースに向かった。公園と呼ぶのも憚られる、砂場とブランコがあるだけの遊び場の隅に、掃除用具を入れた小さな倉庫がある。いつ誰が使用しているのか知らないが、ここに人が立ち寄っているのを見たことはない。 「埃っぽいけど、まあ外で野宿するよりはマシかな」  腕を組んで何度も頷く彼女を置いて、侑樹は団地の部屋に向かった。
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