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 バイトを上がってファストフード店で夕食を済ませ、帰路に着く頃にはすっかり空気は冷え切っていた。吐く息が片っ端から煙のように口から立ち上り、夜闇の降雪とすれ違う。マフラーからはみ出た顔の皮膚を、寒気がぴりぴりと刺激する。侑樹(ゆうき)は凍てつく寒さに苛立ちさえ覚えながら、足元の積雪をぎゅっと強く踏みしめた。 「うわ」  ぐにゃりと柔らかいものを踏みつけ、あやうくバランスを崩して転びそうになる。たたらを踏んで体勢を立て直し、振り向いた。住宅街の冷たい道の両脇には、よけられた白い雪が腰の高さに積もっている。そこからはみだした何かに足を乗せてしまったのだ。  踏みつけたものを足先でつつき、雪を崩してぞっとした。雪の下から茶色のローファーが現れたのだ。正確には、ローファーを履いた膝から下の足。真っ白な肌に血の気はない。  誰かが雪の中に埋もれている。  恐怖に襲われ、咄嗟に逃げようかと思った。行き場のない浮浪者が埋もれて死んでいるのかもしれない。関わらないのが一番だ。  だが翌日のニュースを見て罪悪感に苛まれることを思い、躊躇った。足だけを見ても、年老いた浮浪者が力尽きたのだとは思えない。事件や事故の被害者が放置されているのだろうか。ここで見捨てて後日に死亡記事を目にする後味の悪さと単純な好奇心にかられ、侑樹は道端に積もる雪に、手袋をはめた両手をそっと埋めた。スキー用の手袋のおかげで冷たさを感じることはない。固まりはじめた雪をぐしゃりと崩してかき分ける。  すぐに、真っ白な肌の人間が出てきた。生まれつきの白さと言うより、顔色の悪さだ。十五、六歳ほどの侑樹とあまり歳の変わらない女の子が道端の塀にもたれ、足を投げ出して目を閉じている。 「……おい」  肩に触れて揺さぶる。胸から下はまだ雪に埋もれていて、彼女の頭がぐらぐらと揺れる。長い髪まで雪のように白い。  死んでいる。雪にすっかり包まれて、生きていられるはずがない。  侑樹は上げかけた悲鳴を必死に喉の奥で押しとどめた。それでも、ひっと掠れた声が喉の奥から零れ落ちる。  彼女が、瞼を重たそうに開いた。まつ毛に溜まった雪の欠片がぽろぽろと零れ落ちる。眠たげに目をぱちぱちさせる姿から、一歩退いた。服を着た雪像のような少女は、一つ大きな欠伸をして、両手を上げて伸びをする。再びぼろぼろと雪が服の袖から転げ落ちる。  まだ眠たげな彼女と目が合った。白い肌と対照的な真っ黒な瞳が、驚きに大きく見開かれた。
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