人と妖、ひと時の逢引き

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人と妖、ひと時の逢引き

  今日はアタシにとって特別な日。  数百年振りのデートで朝から緊張していたけど、お店で美味しいランチを食べたら不思議と気持ちも落ち着いた。大食いなアタシはつい、彼女によく思われたくて小食なフリをしたけど……そんなアタシに『遠慮しないで』と言ってくれた。  その言葉で、心がすごく軽くなったのよね。  人間の女の子に一目惚れするなんて、初めてのことだった。  優しくて素朴で可愛らしい。まさに、アタシが理想とする女の子だった。  どういう経緯でデートをOKしてくれたのか分からないけど、とにかく今日はアタシという人間、いや、妖怪を知ってもらう絶好の機会。  このチャンスを、絶対に活かしてみせる……! 「わぁ、お洒落なお店ですね!」 「ここはね、アタシがいつもお洋服を買っているお店なの。てっちゃんは、いつもどこでお洋服を買うの?」 「わたしは服にこだわりがないので、学生時代からの服をずっと着ているんです」 「そうなのね。物持ちがいい子って、物だけじゃなくて周囲の人も大切にできる人なんだと思う。流行に左右されることなく、しっかりと自分軸を持ってるのね。そんなてっちゃんは、すごく素敵だよ」 「そ、そんな褒められることは……えへへ」 「ねぇ、てっちゃん。せっかくだから、てっちゃんに似合いそうなお洋服、アタシが選んでもいい?」 「もちろんです! よろしくお願いします!」  店内を物色していると、小花柄が可愛いワンピースが目に留まる。  紺地に白や黄色、淡いピンクの小花が散らされ、ノーカラーでロング丈、ふわっとしたボリューム感のある袖が、華奢な彼女にピッタリだと思った。  試着を促して待っている間、小物棚に並んでいたシルバーのヘアクリップを手に取る。大きなフラワーモチーフで、付けるだけで一気に華やかになる。普段はおさげ姿だけど、こういうヘアアクセサリーも彼女にきっと似合うはず。  1人でニヤニヤしていると、試着室のカーテンがサッと開いた。 「あ、あの、どうでしょう……? わたし、こういう服は初めてなので、自分では似合ってるのかどうか分からないんですけど」 「え、待って。超可愛いんだけど! 普段のカジュアルな服装もいいけど、女の子らしいワンピースもすっごく似合ってるよ!」 「玉藻さんがそう言うのなら……」 「そのワンピース、アタシにプレゼントさせてくれない?」 「えっ。そんな悪いですよ……!」 「ううん。今日、付き合ってくれたお礼よ。もしよければ……次のデートで着て来て欲しいな。なんちゃって」 「も、もちろんです! 喜んで着させていただきます!」  満面の笑みで応えてくれた彼女は、嬉しそうに鏡に映った自分を眺めた。  その笑顔が見れただけで、もう大満足。それに、次のデートの約束もちゃっかり取り付け、今日のミッションはほぼ完了したようなもの。  よくやった、アタシ!   歓喜で叫びたい気持ちを必死に押さえながら、スマートに会計を済ませた。もちろん、先ほど眺めていたヘアクリップも一緒に。  ショッピングバッグを抱えて次に向かったのは、アタシが勤務するネイルサロン。  同僚には事前に行くことを知らせていたけど、女の子を連れて来たアタシに驚きを隠せないようだった。 「ちょ、玉ちゃん! その子……もしかして彼女?」 「やだ、もう! か、彼女だなんて、そんなんじゃないわよ……今はね」  チラッとてっちゃんのほうを見ると、アタシたちの会話は聞いていなかったようで、物珍しそうにネイルのサンプル表を眺めていた。思わず口走ってしまったけど、できれば聞いていて欲しかったかな。 「さあ、てっちゃん座って。今日はアタシに全部任せてね」 「よ、よろしくお願いします! ネイルとやらも初めてで、とても緊張しておりますっ。マニキュアとは違うんですか?」 「今から施術するのは、ジェルネイルってやつよ。マニキュアと違って持ちもいいし、ツヤ感とぷっくりした見た目が可愛いの。派手過ぎないように、てっちゃんに似合うカラーで施術するから安心してね」 「はい! もちろんすべてお任せします!」  至近距離で、向き合う形のアタシとてっちゃん。  彼女の小さい手を取り、柔らかい感触に息を飲む。  爪の形と表面を整え、ジェルを塗っては硬化を繰り返す。施術中は他愛のない話をしながらも、アタシの心臓はバックバク。いつも女性客を相手にしていてもまったく緊張しないのに、これが恋の難儀なところね。彼女の声や息遣いが至近距離で感じられるのだから、どうかしないほうがおかしいわ。 「はい、出来たわ。肌馴染みのいいピンクベージュをベースに、先端にシルバーのミラーパウダーでキラキラさせてみたの。どうかしら?」 「すっごく可愛いです! なんだか、わたしの手じゃないみたい。眺めているだけで気分が上がりますね!」 「そうでしょ? 可愛いネイルをしているだけで、自己肯定感が上がるのよね。気持ちも明るくなるし、何事も頑張ろうって思えるの。自分を労わると、心身共にいい影響を与えてくれるからね」 「なるほど……勉強になります! 自分を労わるなんて、今まで考えもしなかったです。だけど、玉藻さんの言葉がすごく身に沁みました。玉藻さんは、私にとって人生の先輩です!」 「そ、そんなたいしたことないのよ、アタシなんて。でも、てっちゃんが喜んでくれて本当によかった」  彼女を見てるだけで心が弾む。  人間の女の子に、ましてや1000歳年の差があるのに恋仲になりたいなんて。  アタシってば、図々しいわよね。 「座りっぱなしで疲れたでしょ? カフェでも行こっか」 「いいですね、行きましょう!」  ネイルサロンの斜め向かいにある3階建てビルの2階に、最近オープンしたばかりのカフェがある。ナチュラルテイストな内装デザインで、大きな窓からは街並みが見下ろせる。以前に同僚と訪れた時は、ブルーベリーとヨーグルトのスムージーを注文した。 「こういうところはさ、デートで来たいよね」  落ち着く空間で好きな人と向かい合い、気の済むまでお喋りなんて憧れるじゃない。あの時は同僚の話に「うん、うん」と頷いていたっけ。憧れだったシチュエーションが実現しているなんて、今でもちょっと信じられない。 「メニューがたくさんありますね! どれを注文したらいいのか……」 「こういうのはね、直感で選んだほうがいいのよ。アタシのおすすめは、ブルーベリーとヨーグルトのスムージーかな」 「じゃあ、それで!」 「いいの? 好きなの頼めばいいのに」 「いいんです。玉藻さんがおすすめするなら、ぜひ試してみたいので!」 「そ、そっか。」  彼女はきっと無意識なのだろうけど、こういう優しさが嬉しい。  「ご注文はお決まりですか?」 「あ、はい! ブルーベリーとヨーグルトのスムージーを2つお願いします!」  テーブルに運ばれた淡い紫色のスムージーを、キラキラとした目で見つめるてっちゃん。そして、そんなてっちゃんを眺めるアタシ。傍から見れば、おかしな構図よね。 「てっちゃんは人間の男性が恋愛対象だって言ってたじゃない? どんな人がタイプなの?」 「うーん、そう言われると自分でもよく分からないんです。なんせ、今までそういった男女のお付き合いはしたことがありませんから……。でも、玉藻さんと今日過ごしてみて、妖怪さんも人と変わらないんだなって思いました。むしろ、玉藻さんは人間よりもすごく紳士的で優しくて、一緒に過ごす時間が心地よく感じました」 「……や、やだ~、てっちゃんったら。お世辞なんていいのよ」 「お世辞じゃないです! 玉藻さんは、本当に素敵な方です。ただ、わたしは恋というものや、誰かを好きになるという感情を経験したことがないので、玉藻さんのお気持ちに答えられるかどうか……」 「じゃあ、これはどう?」  テーブルの上にあったてっちゃんの手を、ぎゅっと握ってみた。我ながら大胆なことしてるという自覚はありつつ、どうしても確かめたかった。 「手を握られて、不快だったりする?」 「え……いえ、全然不快じゃないです。なんだか、心臓の鼓動が速くなっているような……。その、ちょっと恥ずかしいですね」  顔を赤らめた彼女に動揺し、重ねた手をパッと離す。  そんなアタシも、自分がやった行為に恥ずかしくなり思わず咳払いをした。 「んんっ……そ、それならよかった。いきなり触ってごめんね。えっと……難しいことは考えずに、アタシには気楽に接して欲しいの。恋愛とかそういうのは抜きにして、またてっちゃんとこういう風に遊びたい。ど、どうかな?」 「玉藻さん……玉藻さんがそう言ってくださるなら、ぜひ!」  こうやって笑顔を向けてくれるなら、アタシは今のままでもいい。思うような関係になれなくたって、同じ時間を一緒に共有できるなら、なんだっていい。  いつかその時が来るまで、アタシはいつだって彼女を待ってる。 「——— そろそろ、帰ろっか」    カフェを出るとすっかり日は落ちて、街灯がちらほらと点き始めていた。  彼女の趣味の小説のことや家のこと、いろんな話をしてつい時間を忘れてしまっていたけど、2時間は居座っていたみたい。 「もしかして、これから夕飯の準備? お父さんが家で待っているのに、遅くなっちゃってごめんね」 「いえ、大丈夫です! 父には遅くなると伝えてありますし、うちに居候しているヤマさんも料理はできますから」 「ヤマさん……あの陰キャね。ところで、そのヤマさんとは……お友達なのよね?」 「はい、ただのお友達です!」 「そ、そっか」  すっかり忘れていたけど、てっちゃんの家にはあの陰キャがいたんだわ。  彼女がお友達と言うのなら、そういうことにしておきましょ。 「あ、あの、玉藻さん。実はお願いがあるんですけど……」 「ん?なぁに?」 「えと……しっ、しっ……尻尾(しっぽ)を触らせてはいただけないでしょうか!」 「アタシの尻尾?」 「はい! む、無理にとは言いません! できればでいいので……」 「そ、そんなの、そなのって……」 「玉藻さん?」 「大歓迎よ! 今までも誰にも触らせたことなかったんだけど、てっちゃんにだけ特別ね!」 「わあ、ほんとですか!? ありがとうございますっ!」  周囲に人がいないことを確認して、もふっと背後から尻尾を覗かせた。彼女は興味津々にそれを眺めたあと、優しいタッチで撫で始める。 「はわわ……これが狐さんの尻尾! ふわふわもふもふで手触り最高です! 毛並みも絹のように綺麗ですし、つやつやしてますね」 「う、うん。ありがとう。この日のために全身トリートメントしてきたから……そんなに優しく触られると、なんだか恥ずかしい」 「はぁ……持って帰りたい」 「え?」 「い、いえ、なんでもないです」 「アタシの尻尾が触りたかったら、いつでも連絡してね? 連絡くれれば、いつでも飛んで行くから!」 「そ、そんなご迷惑じゃ……いいんですか?」 「もちろん」  これを口実に彼女に会えるなら、迷惑だなんてこれっぽっちも思わないわ。  役得ってやつね。  尻尾を触って満足した彼女は、律儀に頭を下げてお礼を言ってくれた。 「あ、そういえば。もうすぐ桜の季節ですね。この近くの公園は夜桜がすごく綺麗なんですけど、行ったことあります? 私は昼間にしか見に行ったことがなくて……」 「ふふっ。行きたいの?」 「え、えっと……その、ご迷惑でなければ一緒に……」 「いいよ、一緒に行こう」 「ほ、ほんとですか? ワンピースを、玉藻さんからいただいたワンピースを着てきます……!」 「うん。楽しみにしてるね」  彼女からこんなことを言ってくれるなんて、思いもしなかった。  ポーカーフェイスを気取っていたけど、本当はものすごく嬉しい。大声で叫びたいくらい嬉しい。心の中でガッツポーズをして、爆発しそうな感情を必死で抑えた。  すると突然、彼女はアタシの服に手を伸ばす。 「あ、服にゴミがついてますよ」 「え?」  彼女をそれを指でつまむと、目にも止まらぬ速さでハンカチに包み、そのままポケットにしまい込んだ。 「それ、ゴミなんだよね……?なんでハンカチに」 「いえ、ゴミじゃありませんでした! お気になさらず!」 「そ、そう……ふふっ」  それ以上、追求するのはやめた。  なんせてっちゃんは、嘘をつくのが下手だから。  さっきまでこの日が終わるのが寂しいと思っていたのに、彼女の突飛な行動が可笑しすぎて、お腹を抱えて笑ってしまった。  
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