赤鬼とポークステーキ

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赤鬼とポークステーキ

 ズリズリ、ズリズリ……。 「お、重てぇ……なに食ったらこんなにデカくなるんだよ……。本当にコイツは人間か? ——— あ、妖怪だった」  肩まで伸びたボサボサの赤髪に無精髭、グレーのスウェットを上下に身にまとい、素足に便所サンダル。コンビニにでも行こうとしてたのか?というくらい、ラフすぎる格好の大男。そして、ちょっと小汚い。  ホームレスのヤンキーかよ。  結局、助けてけてくれた大男を引きずりながら店に運び、なんとかカウンター席に座らせた。よほど腹が減っているのか、しおれたほうれん草のような顔をしている。先ほどまでの威勢はどこへやら。 「さっきのお礼に、なにか作るよ。本当は豚の生姜焼きを作ろうと思ったけど、タレに漬ける関係で時間がかかるから……ぶ厚い豚肉も手に入ったし、ポークステーキでも作ろう」 「……すまない。恩に着る」 「出来上がるまでなにか食べるか? あ、ちょうど大根がここに。ほれ、食べな。新鮮だからこのままでも美味いぞ」 「いや、これ……さっきお前」 「食べるだろ?」 「た、食べる」  バリバリ、シャクシャク…… 「どうだ、うまいだろ?」 「まぁ……うん」  美味そうに大根をかじる姿に満足した俺は、早速準備を始めた。  まずは、塩胡椒で下味をつけた豚肉に小麦をまぶす。フライパンに、スライスしたにんにくを焼き色がつくまで油で熱して、カリカリになったにんにくを一旦取り出しておく。香りがついた油に豚肉を敷いて、両面に焼き色がついたら、特製のタレを絡めて出来上がりだ。厚切りポークステーキ2枚とライス大盛り、オニオンスープも付けてあげよう。 「お待たせ。テリヤキ風ガーリックポークステーキだ」 「おぉ……この食欲をそそる香ばしい匂い……」 「ライスとスープはおかわりできるよ」 「なんと! い、いただきます」  湯気が立つ料理を目の前にして生気を取り戻した大男は、短冊状に切り分けたポークステーキにフォークを刺す。ゆっくりとそれを口に運び咀嚼すると、大きく目を見開いた。 「うわっ、うめぇ! こんなにぶ厚いのに肉が柔らかいぞ! それに、醤油風味のタレとにんにくの香りが、さらに食欲を刺激する!」 「蒸し焼きにして余熱で火を通すと、ジューシーで柔らかくなるんだ」 「ほう、調理法でこうも食感が変わるのか! 隠れ里にいた時は、猪や熊の肉を長期保存するために乾燥して食べていたが、味気ないもんだった。やっぱり人間の作るメシは美味いな。あんた天才だぜ」 「よ、よせやい…別にたいしたことじゃねぇって……」  素直に感想を言われると照れてしまう。この大男、結構いいヤツかもしれない。  その後も美味そうに食べ続け、大盛りライスとオニオンスープは計5杯ずつおかわりをした。体がデカいだけあって、かなりの大食漢だ。 「ごちそうさん」  男は律儀に手を合わせ、満足そうに笑みを浮かべた。 「あんたの作るメシを食べたら、なんだか力が湧いてくるような……今まで経験したことのないような感覚だ。まさかとは思うが、変な粉とか入れてないよな?」 「いやいや、なんだよ変な粉って。そんなことしたら捕まるだろ」 「そうか、そうだよな。失礼なことを言ってすまなかった。だとしたらこれは———。ところで、あんたのは名前は? オレは虎之介だ。今は人間の姿だが、オレは鬼」 「鬼……初めて会ったなぁ。俺は大史っていうんだ。ところで、なんで腹を空かしてたんだ? さっき隠れ里がどうのって言ってたけど、なにか関係あるのか?」 「ああ、まぁ色々あってだな……。実は、人間のいる町に下りてきたのは100数十年振りなんだ」  ここから少し離れた山奥に、隠れ里と言われる場所がある。人が踏み込めないような険しい獣道しかなく、誤って迷い込んでしまうと、二度と元の世界に戻れない。そんな話を、ばあちゃんから聞いたことがある。子供の頃は作り話だと思っていたが、この世に妖怪が存在するのだがら、そんな不思議な場所があってもおかしくはない。    そんな隠れ里で暮らしていた虎之介は、再び人間として暮らすべく、半月前に町にやってきたという。どうやら人恋しくなったようだ。しかし、100年以上前に生活していた頃の街並みとはすっかり様変わりし、夜でも昼のような眩しい明かりに戸惑った。灰色の路面には鉄の塊が走り、周囲からさまざまな音がする。住む場所と仕事を探そうにも、身分証がない虎之介はどこも門前払いだった。 「昔は身分証なんてものがなくても雇ってくれたし、家だって貸してくれた。この時代の人間は人情ってもんがなくて、生きづらくなったもんだよなぁ」 「そりゃ、100年も経てば時代は変わるもんだ。人間は妖怪と違って生い先短いから、10年で世の中はまったく別物になるんだよ。で、そのダセェ服はどうやって手に入れたんだ?」 「だ、だせぇ……? これは昔の持ち物を質屋に入れて、その金で買ったんだ。この時代の男は、こういう格好が流行りなんだろう? 馬鹿でかい店の前で、こんな格好をしたヤツがウロウロしているのを見た」 「ああ、あれか。ペンギンマークの大型量販店の前にいるよな、そういうヤツ」 「まぁ、格好から入ったものの……人として生きるのって大変だよなぁ」  俺の知っている妖怪たちは、長らく人間界にいるせいか、順応性が高く普通に働きながら人間として生活している。しかし、虎之介のような田舎妖怪がいきなりこの時代で暮らすとなると、かなり厳しいものがある。昔とは違って、人は人に興味を示さない世の中。困っている人がいても、見て見ぬ振りをするのが当たり前。  しかし、俺はそんな無関心な世の中が嫌いだ。人間も妖怪も等しく感情を持ち、孤独を感じてしまうと生きているのも辛くなる。以前の俺のように。  特にこの時代だからこそ、より一層。 「虎之介。あのさ……住み込みでうちで働かないか? 店の2階が住まいなんだけど、ちょうど部屋も空いてるし。あ、もちろん3食まかない付きだ。この時代で人間として暮らすなら、この時代のことをもっと知らないとな」 「い、いいのか? オレの正体を知った上で言ってるんだよな?」 「もちろん。妖怪も人間も関係ない。困った時はお互い様だ。っていうのは、ばあちゃんの受け売りなんだけどな。この店を再開するにあたって、やっぱり人手が必要なんだ。まぁ、虎之介さえよければなんだけど」 「感謝するッ!!」  ——— ゴンッ  勢いよく頭を下げたせいで、虎之介の額はカウンターテーブルにめり込んだ。 「あ、テーブル……」 「オレはなんの能もねぇヤツだ。だが、あんたみたいに親切な人間に出会えて、感謝してもしきれねぇよ。仕事はなんでもするから、遠慮せずに命令してくれ! 用心棒もオレに任せろ! 今日みたいに変な野郎がちょっかい出そうもんなら、いつでもぶちのめしてやるぞ!」 「そりゃ心強いな。これからよろしくな。とりあえず……その汚い服、燃やしていい?」
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