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――早急に対処しないといけないことができた。
「これって、援交ってことでいいんすよね」
あきらかに、カシャッとシャッターを切った音がした。手にはスマホ。黒マスクを外して、わざと見せびらかしているようなニヒルな笑み。弱みを握ったとでもいわんばかりに、その男、一つ下の後輩・冬城椿は笑っていた。
「あーえっと。おじさん、お金いいから、きょーは、ここでお開きってことで。じゃ!」
プリクラから出てきたところをばっちりとられた。
後ろに、キャッキャ、しゃららん、みたいな音楽が流れているボックスを背に、一緒に出てきた中年のおっさんの背中を押して、俺は猛スピードでその場を離れた。高校生の俺と、サラリーマンふうのスーツを着たおっさんが、プリクラから出てくるというシュールさ。誰が見ても、おかしいと思うし、顔も似ていないから、親子とも思われないだろう。だから、援交、間違っていない。それを、こそこそやっているつもりはなかったが、写真を撮られたのはこれが人生で初めてだった。俺――小春柊彩、人生初めての失敗だ。今日の相手だったおっさんは後ろから「トアくーん」と叫んでいたが、無視。別に、お金貰うために付合ってたとかじゃないし、ちょっと小遣いが減るぐらいどうってことないし。おっさんだって、お金払わずにいい思いできたんだからいいじゃん、と俺はそれなりの理由をつけて、脱兎のごとくその場から去る。そして、俺は彼の元に突進する勢いで行く手を阻んだ。
「冬城! 冬城椿!」
持っていた黒いスマホは、既に鞄の中にしまわれていたのか、冬城の手の中にはなかった。さすがに、今の数秒でネットにアップする……なんてことはできなかっただろうが、もしするつもりなら全力で阻止しなければならない。いくら、俺が校内でビッチ小悪魔かわいい系男子だといわれ、先生からもちやほやされているとはいえ、援交の証拠を突きつけられれば、停学、最悪退学だって可能性も。
だから今ここで、彼に写真を消して貰わなければならなかった。
「よく、俺の名前知ってましたね。先輩」
「はあ……はあ……け、消せ。さっきの写真」
「写真? 何のことですか?」
肩をすくめ、自分は何も知らないとしらをきる冬城。でも、その顔は笑っていて、馬鹿にしているようだった。
冬城椿――彼は、俺の一個下の後輩で、帰宅部。だが、ずば抜けた運動センスを持っていて、部活の練習試合に引っ張りだこ。五月に行われた体育祭では、二年、三年差し置いてぶっちぎり。足の速さも、瞬発力もエグかった。それもあって、彼は校内でも人気、有名人なのだ。おまけに顔もいいときた。けど、冬城と俺は関わりが一切なかった。俺も帰宅部だけど、帰宅部、という部活があるわけでもないし、学年も違えば、関わる事なんて一切ない。でも、体育祭で誰よりも目立っていたこいつのことを、俺は忘れることはできなかった。あっちが、俺のことを知っていたのはちょっと意外だけど。
ゲームセンターの煩いBGMをバックに、俺は息を切らしながら、片手でスマホを出せと冬城にせがむ。しかし、冬城は、その手にポンと、グーにした手を乗せた。
「お手……なんつって」
「馬鹿にしてんのか!?」
「いやあ、まさか、噂が本当だったなんて。俺も、実物見るまで信じてませんでしたよ」
「噂って、援交の?」
「誰彼構わず足を開くビッチだって」
「……認めるけど」
「認めるんだ」
俺の手のひらから、手を離し、汚いものを触ったかのように手をハンカチで拭く冬城。もし、こんな性格の悪い所を見られでもしたら、きっと女子はカエル化するだろうな、と思った。でも、何をしてもむかつくし、顔がいい。正直言うとタイプだった。
冬城のいうとおり、俺は援交というか、自分の可愛さを利用して、男を侍らせてきた。それが生きがいだし、貢いで貰えるのも、ちやほやされるのも大好きだった。誰かの夢中の先が、自分であることに対し、愉悦に浸っていた。そんな生活を三年以上続けている。援交に関しては、高校に上がってからだが、大人の男性に対しても受けがいいのは正直面白かった。そういう、出会いサイトでしか出会いの場を作れない人のことを馬鹿にしているわけじゃないし、こっちも貢いで貰える、可愛い、好きだって言って貰えるしWin-Winだった。お金はそのついで。
――で、学校でも、外でもこんな生活を続けていれば、誰かの目にとまらないわけもないわけで。今回、初めて失態をおかした。人の寄りつかないゲームセンターそこで、ちょっと古い機種のプリクラで援交相手と写真を撮っていたところを見られてしまった。
「まあ、別にいいですけど。俺は、そういうのどーでもいいんで」
「じゃあ、写真消せよ」
「でも、アンタのこと脅せる材料手に入れることができたのは、一つ強みになりますしね」
「何だよそれ。お前、顔いいし、そんなことしなくても」
「顔いいって思ってくれてるんだ? なんか、可愛いですね、先輩。ありがとうございます」
「誉めてねえ!」
何を言っても、ポジティブに帰してくる冬城に、俺は叫び散らすことしかできなかった。
何だよ、脅す材料って。今後も、何かあったとき、先輩である俺を脅すつもりなのか。人畜無害そうなイケメンだと思ったら、かなり腹黒? と、俺は得体の知れない何かを持っていそうな冬城を睨み付けた。しかし、黒マスクで覆われた口元は見えず、感情を読み取れるのはその上の目と、眉毛だけで。
(つか、見れば見るほど、整いすぎだろ。顔! 艶やかすぎる黒髪! キリッとした眉! すっげえ、タイプ!)
煩い、心の声を抑えながら、俺はとりあえず探りを入れることにした。俺が落とせない男はこれまでいなかった。どんな堅物でも、弱いところをつつけば、ころりと落ちたし……きっと、こいつも――隙を突いて、写真を消そう。
「えーっと、で、話は変わるけど、冬城はここで何してたの?」
「本当に、いきなり話題変わりましたね。あ、まだ写真消すの諦めていない感じですか?」
「……うっ」
「図星なんですね。顔に出てますし。分かりやすいですね。ああでも、俺に興味持ってくれたのは単純に嬉しいかも――」
「何かいった?」
「いーや、別に。写真は消しません。先輩脅す材料、自ら手放すわけないじゃないですか」
にこり、と冬城は勝ち誇ったような笑みを俺に向けてきた。
何が狙いか分からなかった。俺と一発したいならそういえばいいし、それか、援交で集めた金? 見た感じ、このゲームセンターに通い慣れている感じするし、そこで利用するお金とか。
「詮索したところで、先輩の脳じゃ、なーんも答え出てきませんよ」
「エスパーかお前は……って、しれっと、俺の事馬鹿にしてるけどな! 一応、赤点はとったことないんだよ!」
「それが普通では?」
「うっ……普通って、お前はいつも何点」
「学年二位ですかね、今一位狙ってます」
「あっそ……で、ほんと、ここで何してたんだよ。冬城は」
「ゲームセンターで遊んでいただけです」
「ほんとか」
「他に理由とかいりますか?」
と、冬城はキョトンとした目でいってきた。こりゃ、筋金入りのゲームセンター大好き男子かも知れない。なんか変なやつと出会ってしまった気がして、ならなかった。ただ、冬城のスマホの中に、俺の援交の証拠となる写真があることは事実なので、どうにかして、消して貰わなければならない。なんか、真面目そうだし、でも、脅す……弱みっていっているんだったら、すぐにバラすことはないだろうし。でもでも、何を要求されるか想像できないし。俺が与えられるものなんて、ないのに――
「先輩は、俺にこの写真消して欲しいんですよね」
「そう、そう! え、消してくれんの?」
「消しませんよ」
「ケチすぎるだろ。今のは、消す前触れだったじゃん」
「……まあ、条件をのんでくれるなら」
「条件!? 何でも聞く!」
「危機管理能力皆無か……」
条件を出されて、それを飲まないわけないわけにはいかなかった。多分、それ以外この男が、写真を消してくれる保証はないし。だったら、その条件が、自分にできる範囲内のものなら、何でも。
俺が、一八〇㎝以上ある冬城の顔を見上げれば、冬城は黒マスクを外し、ポケットに突っ込むと、その口角をニヤリと上げた。そして、条件というように人差し指を立て、俺の目の前におろし、指を指す。
「じゃあ、俺と毎日ゲームセンターで遊んで下さい。で、俺に一回でもゲームに勝てたら写真消してあげますよ。ビッチ先輩」
そういった冬城の顔は、楽しそうで、それでいて、俺を完全に舐め腐って見下していた。
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