ビッチ先輩とゲーセン男子

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「――だあーっ! 負けた。意味分かんねえ! カッドドドカッってリズム何!?」 「先輩、リズム感なさすぎじゃないですか?」 「煽んなよ……一年。ちょっと練習すればそれくらい……てか、お前のそれ何!?」 「マイバチですけど」 「マイ……バチ?」 「自分で木材買ってきて削って作るんですよ。ゲームセンターのこれに付属してるものじゃ重いですし、グリップの所もイマイチで」 「げ、ゲームに命かけてんの、お前」  あの条件からすぐに俺は冬城の出した、一日一回何かしらのゲームで競う、というのに太鼓のリズムゲームを選んだ。一日一回なら、今日もカウントされるだろ、といったら「冴えてますね、ビッチ先輩」と乾いた拍手を送られ、完全に俺のことを舐め腐っているのが分かった。一泡吹かせてやりたいと、一番ゲームセンターの中でオーソドックスで、対戦プレイがしやすいもので勝とうと意気込んだ……だが結果は――  負けた。難易度は俺も、冬城も難しいを選択した。冬城は物足りないし、ハンデで鬼レベルでもいいといったが、たかがゲーム、負ける気しなかったし、ハンデいる? とか言われたのがむかついたので、俺も鬼レベルでいいと言い返した。だがどうやら、専用のカードがないとレベル上限解放はできないようで、一緒に難しいと選択して一曲、二曲と対戦したのだがボロ負け。というか、カッドドドカッは、やった曲どちらにしても基本中の基本らしく、俺はそれすらも打てなかった。というかそもそも流れてくる青と赤の丸すら目で追えないほどだった。  そんな俺とは対照的に、冬城は全て見きって、マイバチ? とかいう先端の尖った細いやつで太鼓を叩いてた。俺の知ってる曲にしたのに、何も俺は出来なかった。  たかが、ゲームセンターのゲームに、マイバチ? とか制作して持ってくるなんてよっぽどだな、と俺が見ていれば、あどけないような顔で、冬城は俺の方を見てきた。 「変ですか?」 「へ、変って、何が」 「ゲームに命かけてるって言われたの、俺、傷つきました」 「あ……えーっと、いいんじゃね? ほ、ほら、誰だって、命かけてるものあるし。馬鹿にしてるわけじゃねえし。お前には、そのげ、ゲーム? 太鼓の? な、俺にだって、ね! 命かけてるものの一つや二つ」 「援交ですか」 「違うし」 「人の趣味馬鹿にするのはやめた方がいいですよ」  ふいっと、顔を逸らされてしまい、マイバチは持ち前の袋に片付ける冬城。その目がガチだったので、これ以上触れたらまずいと、俺は何も言わなかった。 (説教かよ……勝ったからって偉そうに)  負けたし、説教されたし気分は最悪だった。後輩の癖に。 「今日は、俺の勝ちですね。いつでもかかってきてください。相手するんで」 「むかつく~ほんと、お前、顔いいからむかつくよな。許されると思って!」 「ビッチ先輩は、ビッチなだけじゃなくて、面食いなんですね」 「ビッチ、ビッチいうな!」 「事実ですから」  冬城は、そういいながらぷっと噴き出すように笑い、俺を見下ろした。その笑顔は、まるで友達と馬鹿して遊んでいるときの高校生の顔で、大人びた顔が少し幼く見えた。そんなふうに笑えるのか、とほだされそうになっていることに気づき、俺は首を横に振る。 (どっちにしても、勝てなきゃ、写真消してもらえないんだし、やるしかないよな……)  今日の分の挑戦権はすでに使い切ってしまった。再挑戦権は明日の午後――だろう。 「でも、先輩が噂通りの人じゃなくってよかった」 「はあ? さっきは、噂通りっていっただろ」 「いーえ。そういうことじゃなくて……うん、先輩は面白い人ですね」 「はあ!?」  一人納得したように、頷くと、冬城はにこりと笑った。だが、先ほどの幼い笑みではなく、完全に裏のある、馬鹿にしたような笑顔だった。コロコロと変わるこいつの表情に、俺はついていけず、目を細めて分析まがいのことをすることしかできなかった。  冬城椿――文武両道のモテ男。そんな男が、恋人も作らず、一人ゲームセンターに通うなんて、裏がある。そう思っていたが、本当にただのゲーセンオタクらしい。ゲームセンターなんて、一人でも通えるし、遊べるし、確かにカラオケよりも安く済む……かもしれないから、財布にもちょうどいい。ただ、ショッピングモールに入っているゲームセンターじゃなくて、全国に数少なくなっている独立したゲームセンターに通っているところを見ると、マニアックなのか、人のいないところを選ぶ陰キャなのか…… 「なあ、冬城って陰キャ?」 「いきなり質問ですか。それも、かなり失礼ですね。どうしてそう思うんですか」 「いや、なんとなく。だって、こんなぼろっちいゲーセンとか普通いかないだろって思って。まあ、だから、俺はここ選んだんだけど」 「援交場所に」 「だー! そうだよ。だから、お前がいるなんて思わなかったの! 穴場見つけたかもーって、まあ、こんなところおっさんたち、おにーさんたちが喜んでくれるかって言ったらあれだけどさあ」 「アンタどこまで、手ぇ、染めてるわけ?」 「どこまでって?」 「……いや、いいや。俺には関係ないし」 「何だよそれ」  言いたいことがあれば、はっきり言えばいいのに、意気地なしだなあ、なんて俺は冬城の顔をのぞき込む。長い睫毛が影を落としたその端正な顔は、ずっと見ていても飽きないな、と思わず呼吸も忘れるほどだった。自分の容姿と比べそうになって、俺は可愛い枠だから! と無駄な対抗心まではやしてみる。なんか気に食わない。顔はすっげえ好みだけど、なんか言動が癪に障る。 (まあ、これからゲーム対戦って付き合うことになるんだ。俺可愛いし、そのうち惚れるだろ) 「先輩悪い顔してますね。まさか、自分の事好きになってもらえるーなんて思ってるんですか?」 「俺は可愛いからな! どう考えても可愛いだろ、この赤っぽい髪の毛とか、大きな目とか! 襲いたいくらい可愛いだろうが! 油断してみろ。そのうち惚れるからな!」 「残念ですけど、俺のタイプは、清楚系なんで。じゃあ、またビッチ先輩またここで」 「言われなくても、こっちはお前に弱み握られてるんだからな! ――って、おい、連絡先は!?」  顔を上げたころには、すでにその場に冬城に姿はなく、やけに大きいゲームの音が、あちこちから響き、むなしく俺をまばゆい液晶から漏れ出る光が照らしていた。 「……連絡先ないのに、どう落ち会えっていうんだよ。ばーか」  ここにこれば会える? 何だよ、それ。ロマンチストか。  俺は、足もとに置いていたカバンを肩にかけゲームセンターを出た。建付けの悪い自動ドアは数秒ほどセンサーが反応せず、いらいらし、いつつぶれてもおかしくないゲームセンターを背に、俺はその辺に落ちていた空き缶を蹴っ飛ばした。  
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