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「あれ、小春今日は帰るのかよ。珍しいな」
「誰かと待ち合わせとかじゃね?」
「ラブホ前で目撃されましたーなんて言われないようになー」
次の日、学校で、いつものように授業を受け、俺が大好きで仕方がなーいファン兼同級生の言葉に「へいへい。だいじょーぶでーす」なんて軽く返しながら、俺は下駄箱に向かった。さすがに、後輩の下駄箱を確認するのはまずいか、と名前が張られている小さな箱を横目に、靴を履きかえ、校門を出る。さっき一年生の教室はすでにまばらな人になっていたのを確認し、その中に冬城がいないことも確認済みなので、俺はゲームセンターに直行することにした。会える保証もないのに、そこへ俺は一直線に向かって歩いていた。確証があった、なんとなく。
「ほんと、センサー反応しねえし! そのうち、閉じ込められんだろ、これえ!」
反応しないセンサーに切れながら、ようやく開いた自動ドアをこじ開けるようにして中に入れば、昨日もした薄いたばこの臭いと、がやがやガチャガチャと統一感のないBGMが耳に入り込んでくる。
「さてと、冬城は――」
「先輩はやいですね」
「うわああ!?」
フッと、耳元でささやかれたような気がし、背後の気配に驚いた俺は、猫のように飛びあがり、距離をとった。振り返ればそこには、舐め腐ったように笑う後輩――否、弱みを握っている相手冬城がたっていた。さらさらとした黒髪は、黒いブレザーとよく似あっていて、今日も最悪に最高にかっこよかった。
(――って、こっちが惚れてどうすんだよ! ばーか、ばーか! アホ!)
「別に? お前が、会いたいだろうなーって思ってきてやっただけだし? 一応、俺、先輩だし?」
「何言ってるか分かりませんけど、今日はデートないんです?」
「誰と誰の?」
「ビッチ先輩が、おっさんと。援交のこと言ってるんですよ。はあ、察しの悪い……」
やれやれと、冬城は肩をすくめ、首を横に振った。その行動がいちいち鼻について、いら立ちが膨れ上がっていく。あってそうそう、こんなことも思いたくないけど、俺がずっと援交してるって思われているのもまた癪だった。
「はいはーい、察しが悪いですよ。どうせ。で、今日は何の勝負?」
「先輩が決めてくださいよ。だって、俺は挑戦を受ける側なので。ビッチ先輩が決めてください」
「……生意気」
「まあ、どれでも、負ける気しませんけどね」
「よーし、コテンパンにしてやる。じゃあ、今日はカーゲームだ!」
俺が指さしたのは、ショッピングモールでもよく見る某有名ゲームのカーゲームだ。冬城は「いいセンスしてますね」なんて、どの目線からものを言っているんだという発言をしながら、百円玉を俺に渡してきた。
「は? なんで金?」
「お金ないんじゃないんですか? 援交しなきゃいけないほどに」
「だーかーらーっ! そういうのじゃねえし! てか、百円くらい持ってる!」
「まあ、まあ。受け取ってくださいよ。どうせ、負けるので、先輩が」
「はあ!? 絶対甲羅当ててやるからな! ゴール前で!」
「どうぞ。あてられるものなら」
自信満々な、冬城は、先に座り、俺もその隣に腰を下ろした。座ってるところなんて見たことがなかったけど、長い脚は、窮屈そうにその場に押し込められていた。もったいな、と思いながら、俺は浅く腰を掛ける。
百円を入れ、対戦を選び、ハンドルを握る。選んだキャラクターは可愛いので、冬城はきのこだった。選んだキャラで何か変わるわけでもないだろうと、俺は、ハンドルを握りなおし、合図とともに勢いよく飛び出す。
「あ、まっ、こんなむずかったっけ!? てか、全然操作利かねえし! 車検されてねえだろこの車!」
「ゲームに車検とかあるんですかねえ。ああ、落ちた。ドンマイです、先輩」
「復帰! 復帰! 早く復帰しろ!」
操作を誤り、コースから外れ、転落。転落してから、復帰までの時間がかかり、冬城は俺の先の先をいって、あっという間に一周遅れになってしまった。しかも、NPCにも負けて、最下位だし。
結局、走りきりまでに何回転落したか、数えるのも飽きてしまった。冬城の画面を見れば、ショートカットとしか思えないすご技を披露していたし、やっぱり経験値が違う、とようやくゴールできたときにはすでに俺は放心状態だった。
「いやあー笑わせてもらいましたよ。先輩。あんな……ぷっ、あんな、何回も落ちる人初めて見ましたもん」
「……馬鹿にしてるだろ」
「してませ……してますね」
「何で言い直してそれなんだよ!? 普通、してないっていうのが普通だろ! ばーか! 馬鹿、勝てないじゃん。俺!」
「先輩得意なものとかあります?」
「……ゲーセンとか、行かないし。人並程度にしか、遊んだことないし」
「でも、俺に勝てないと写真消えませんけどいいんですか?」
「まだ、二日目だし! 諦めるとか言ってないだろう!」
自分が、煽り耐性がないことくらい知っていた。だから、こうやって反発してしまうんだってのも。
フフフ、と笑う冬城を前に、ゲームセンスが全くない自分を怨むことしかできず、だからといって、弱みを握られている以上、こいつを監視……とまでいかなくても、いつどこで、あの写真をばらまかれるかわかったもんじゃない。だから、冬城から離れることはできなかった。
「てかさ、冬城、俺といて楽しい?」
「いきなりどうしたんですか? 変わった質問ですね。いつも、自信に満ち溢れている先輩がそんなこと聞くなんて」
「別に……一緒にいて楽しいから、こう、俺を誘うんじゃないかなとか」
「うぬぼれですか」
「……」
その言葉が、声が、少しだけ冷たく感じた。
敵意を持っているような、その冷ややかな声に、一瞬体がぴりついた。
「いや、そうじゃなくて。俺のこと知ってるのに、そういうこと求めてこないし。いや、俺の弱み握って楽しんでんのかもしれないけどさ。身体目的じゃないってのが、俺的には引っかかって」
「先輩の価値は、身体だけだと。てか、本当にヤリまくってんの?」
「……お前には関係ないじゃん」
「ビッチ先輩ってよくわかんないですね。でも、寂しい人だと思いますよ」
「……は?」
寂しい人だと決めつけられ、俺がバッと冬城の方を見れば、冬城も少しだけ寂しそうな顔をしていた。さも、自分がそうであるようなそんな顔に、俺は違和感を覚えざるを得なかった。
別に、自分が汚いとか思ってないし、気持ちいいことが好きだから援交に手を染めているわけじゃない。お金が欲しいからでもない。そんな話、誰にもしたことなかったし、まして冬城に……とも考えたことなかった。でも、決めつけられたような気がして、それは嫌で、俺は怒鳴り返そうか考えた。
でも、冬城の顔が妙に寂しそうだったのだけは分かって、これ以上言えない、と本能的に思ってしまったのだ。
「……お前も寂しいやつ?」
「……」
「一人でゲーセンいってさ。俺がビッチだって思ってんのに、身体じゃなくて、遊ぶこと強要して。本当は、遊び相手が欲しいんじゃないかって、そう思っちゃうけど、俺」
「変なところで鋭いんですね」
「あたり?」
「……」
「まあ、どうでもいいけどさ。俺は、弱み握られて、お前と遊んでんの。それでも、お前いいの?」
なんでこんな言葉かけてしまったのか、自分でもよくわからなかった。
自分より図体のでかい、後輩にかまうなんて俺らしくなかった。不特定多数に、一時の愛を注いでもらえるのなら、注目を集められるのならそれでよかった。それで満足していた。たった二日。まだ、こいつのこと何も知らないのに、似ているような気がしてならない。自分と。
「――俺、不貞行為とか、嫌いです」
「いきなりどうした」
「不純性愛とか、浮気、パパ活とか。汚いもん嫌いです」
「俺に当てはまりまくりじゃん。何?」
「先輩は別に、そんな感じはし……ますけど、なんか違うじゃないですか」
「はっきりしろ。何が言いたいんだよ」
「先輩がいった、遊び相手が欲しいっていうのは全くその通りですねって話。あとはもう少し、俺たちの仲が深まった時に話しません? まだ、二日ですよ?」
と、もっともなことをいって、冬城は逃げようとした。
動揺しないこいつが見せた唯一の動揺な気がして、俺は、少しだけ興味がわいた。
汚いものが嫌いだと言ったくせに、俺みたいな真っ黒な奴と一緒にいていいのか。遊び相手が出来るならだれでもいいのか、とか。
わかんないことだらけだった。でも、冬城椿という人間に興味が出たのは言うまでもなく、俺は、そそくさとゲームセンターを出ていった冬城の背中をまた見つめることしかできなかった。
「変な奴……」
俺も十分変だけど、冬城も変だ。
二日の関係。でも、相手のことを第三者から得た情報でなんとなくの人物像は知っている。でも、それは客観的に見たもので、まだお互いをお互いに知らない。そんな関係――
「今日も負けたし、腹いせにもっかいやって帰ろう」
俺は、ポケットから百円玉を取り出し、カーゲームに突っ込んだ。
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