ビッチ先輩とゲーセン男子

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「――とっれたああ~!」 「まあ、二千円持ってかれましたけどね」 「いいだんよ! 獲れたから! はあ、初めてかも。俺、クレーンゲームででっかいぬいぐるみ獲ったの! てか、コツとかあるんだな!」 「そりゃ、何にも攻略法ぐらいありますよ。先輩だって、男をひっかける方法よく知ってるでしょ? あれと同じですよ」 「ちょくちょく、俺のそれに突っ込んでくるよな、冬城は」 「……ビッチ先輩からビッチとったら、ただの先輩になっちゃうので」 「いーの、先輩だから」  あれから毎日――ではなかったが、定期的に放課後、ゲームセンターで落ちあい、冬城と、ゲームセンターのゲームで対戦をした。音ゲーから、バスケの玉入れゲーム、パンチングマシーンなるものもやった。何度も来たはずの、ゲームセンターは、まだまだ遊び足りず、いくら百円があっても足りないくらい楽しい空間ということが分かった。  ふと放課後、ゲームセンターに足を運んだが、冬城がいない日ももちろんあった。ゲームセンター以外で、冬城に会うこともなく、学校では、学年が違うため、階が違うし、全校集会でも人数の兼ね合いで探すのは難しかった。  放課後に会える、学内のイケメン――それが冬城。そんな認識で、俺はここ数か月、冬城と関わってきた。俺の噂と、冬城の噂。俺に関しては言うまでもなくビッチ、小悪魔、とか不名誉で、名誉な言葉ばかりが並べられるが、冬城は告白の絶えないイケメンとして名をはせていた。といっても、実際に告白されているところなんて見たことないし、今時ラブレターなんて、LINEで……みたいなところがあるから、実際分からない。それに、冬城自体が、そういうのをこの場で――会った時に話題に出さないため、分からない。  俺は、学校での冬城の顔は知らなかったけど、放課後の冬城の顔は知っていた。その、特別さに、俺は少しだけ優越感を感じていた。  学校一のイケメンを独占しているというその優越感に、これまで満たされなかったものが、満たされた気がしたのだ。 「あーなんかに会いますね。サカバンバスピスと先輩。アホっぽい顔が特に」 「はあ!? 可愛いって言え! 可愛いだろうが!」 「アホ可愛いです。これでいいですか?」 「よくないけど、許す!」 「単純でいいですね」  二千円をつぎ込んでやっととれた九十㎝くらいのサカバンバスピスのぬいぐるみ。クレーンゲーム対決は、負けたが、どうしても欲しかった入荷されたばかりのサカバンバスピスぬいぐるみに、俺は小遣いをつぎ込んだ。初めはむやみやたらにアームを動かしていたが、冬城のアドバイスで、どうにか獲れ、小さな取り出し口から布がちぎれるんじゃないかってくらい思いっきり引っ張って、そのふかふかのボディに抱き着いた。  冬城は、記念です、なんて笑いながら、サカバンバスピスぬいぐるみを抱きしめた俺を連写しており、その顔は「馬鹿だなあ」と口にしなくても言ってきているようだった。  その顔がむかついて、俺はサカバンバスピスぬいぐるみの口に思いっきり口を押し付けて、その口づけたぬいぐるみの口を、スマホを下ろしたタイミングで冬城の口に押し付けてやった。 「はーい、間接キス」 「……っ」 「あ、もしかして、初めてだった? 悪いって、別に直接じゃないし――てか、怒ってる? おーい、冬城」 「……」 「冬じょ――」 「先輩よくないです」 「よくない?」  冬城はそういうと、ぬいぐるみをグイッと押し返して、口元をぬぐった。  まるで、汚いものがくっついたようにごしごしとぬぐうから、本当に嫌だったんじゃという気になってしまう。別に、ふざけただけなのに――でもそれが、冬城にとっては耐えがたいものだったのだろう。 「てか、結構俺たち、一緒にいて時間たってるじゃんか……」 「だからって、ふざけてもよくないです」 「ああ、何? あれ? 冬城って意外と純情?」 「……」 「悪かったって。えーいや、俺もなんかびっくり……」  あまりに初々しいというか、いやだ、みたいな顔じゃなくて、ちょっと焦ったような顔されたから、こっちまで顔が熱くなってしまった。こういうの、俺を好きだって言ってくれるやつには効果覿面だけど、冬城は違うのだろうか。 (いや、別にみんながみんな俺の事好きじゃないかもしれないけどさ……) 「――どうせ、先輩はみんなにやってるんでしょ?」 「なんか言った?」 「いえ、何も。先輩、虫歯ないですよね? 俺、一回も歯医者で引っかかったことないんで、虫歯菌移したら怒りますよ」 「ひでえ! 俺が病原菌みたいに!」  話を頃っとすり替えられたような気がし、逃げられたな、と感じながら、俺は冬城を見た。サカバンバスピスのでっかいぬいぐるみを抱きしめて、その隙間から冬城を見てみるが、背中を向けられているため、よく見えない。 「なあ、なあ、俺たち結構長い時間いるじゃん」 「さっきも言いましたけど、それが、何ですか?」 「だから、その――」 「何?」  その態度から、俺のことをそこまで好きじゃないのは分かった。でも、放課後の冬城の顔を知っているのは俺だけなわけで、この関係も、脅す、脅される関係から変わったんじゃないかって、俺は思っている。だから、次のステップに――とか、思ったりして。 「俺たちの関係、いったん見直さね? もちろん、まだ一回も勝ってないから、写真は消さなくていいけどさ。脅す、脅される、みたいな関係じゃなくて」 「じゃあ、どんな関係に?」 「それは、えっと……」  少し興味示したように、冬城は振り返る。一歩大きく前に出て、俺の前に顔をズッと近づける。 (わー顔、マジでタイプなんだよな……)  じゃなくて―― 「関係、そう――友達」 「恋人?」 「え?」 「ん?」  言葉が重なってしまい、何て言ったか、聞き取れなかった。ただ、俺が思っていた関係とは違うものが冬城の口から飛び出した気がして、互いに目を丸くした。あっちもあっちで、俺がそんな言葉をいうとは思っていなかったようで、意外、と目を丸くしている。 「え、先輩なんて?」 「冬城こそ、恋人って――」 「言ってません。友達、ですか」 「え、だって、そうじゃない……の? え、いや、もしかして、友達だった?」 「先輩後輩の関係です」 「冷めすぎてるだろ。で、その……お前と遊んでるじゃん」 「遊んでいるというか、勝負ですね」 「……」 「はい、それで?」 「俺、お前とゲーセンで会うようになってから、そういうのしてない……し、お前のこと、さ」 「何ですか。好きになったとかいうんですか」 「意識してるのお前じゃね?」 「…………お構いなく、続けてください」  冬城は、またも華麗にスルーして、俺に話すよう勧めた。  思った以上に、食い気味で行ってくるので、少し困惑しつつも、俺はちらりと彼を見る。真っ黒い瞳が俺を見つめていて、心臓がうるさいほどにはねていた。顔が好き、中身はしらね。 「こういうの、友達って言うんじゃないかって思って。俺、友達いないから」 「先輩友達いないんですか。え、意外ですね」 「何? お前、さっきから怒ってるの?」 「違いますけど……そう、友達ですか。なんか、そんな関係で表されるの、少し驚きました」 「恋人がよかったのかよ」 「いえ、別に。そういうわけではなくて……まあ」 「まあ、何だよ」 「ボッチでビッチな先輩が、小さな頭を使って俺との関係を友達って表してくれたことは、面白くて、嬉しいですね」 「馬鹿にしてんの?」 「なんか、少しむずがゆいです」 と、冬城はいうと、サカバンバスピスのぬいぐるみをつねった。ビヨンと布が伸びて、間抜けな顔が横にさらに間抜けに伸びる。 「でも、良いですよ。なんか新鮮で。普通って感じがして」 「普通ってなんだよ」 「普通は普通です。男子高校生らしいって。でも、先輩、友達の作り方、それめちゃくちゃ下手ですよ。俺は、もうすでに友達だと思ってたんですけど」 「ぜっっっったいに違う! 違う!」  くすくすと、また馬鹿にしたように笑う冬城に俺は怒ることしかできなかった。  冬城が、本当に楽しそうで、そんな顔、一か月ほど前には見えなかったな、なんて彼の些細な変化にも気づいてしまった。初めは、自分になびかない、弱みを握られた後輩に、仕返しを……と思っていたが、俺はいつの間にか、顔はいいし、性格は、苦手な部類だけど、そんな冬城に惚れ―― (ては、ないよな!? 惚れてないし!) 「先輩、いきなり唸りだして、どうしたんですか? お腹でもいたいんですか?」 「これが、お腹痛いの顔かよ! て、か……友達、ってことでいいんだよな。一応」 「一応って。俺がいつ、友達になると」 「友達」 「じゃあ、今は、友達ってことにしましょうか」 と、冬城はサカバンバスピスのぬいぐるみと俺の頭を撫でるとにこりと笑った。余裕のある笑みに、いつもならイラっと来るはずが、ポンポンと頭を撫でられたことで、ほほに熱が集まるのが分かった。 「先輩、今度は顔赤くなっちゃって。俺に惚れでもしました?」 「ほれ、惚れてない! お前の方が俺の事好きじゃん!」 「好きですね」 「は、はい!?」 「人としては苦手なタイプですけど、先輩の事、面白いっていう意味では好きですよ。恋愛的に好きって勘違いしちゃいました?」  冬城は、たっぷりの余裕で俺を見る。  一瞬でも、恋愛として好き、と勘違いしてしまった自分を殴りたかった。それをもう、遅いとわかりつつも、悟られまいと、俺は冬城を精いっぱい睨みつける。 「友達、だったら――」 「はい」 「これから、もっとお前のこと知れるってことだよな」 「はい、まあ、そうなりますかね」 「じゃあ、さ。明日から……学校で、いや、いいや。ゲーセンで、お前のこと聞かせろよ。普段何してるとかとか、さ」 「いいですけど、聞いていて面白いものじゃないですよ? 俺の話」 「それでも。俺も、俺のこと教えるから……友達ってそういうもんじゃねえの」 「俺、いたことないんでわかんないです。まあ、でも先輩もいたことないんでわかりませんよね」 「……」 「いいですよ。俺のこと知りたくて仕方ない先輩に教えてあげます。一日一個」  冬城はそういって指を一本たてた。  まるで、それはあの日俺に挑発的に言ってきた生意気な後輩の目そのものだった。 (は――関係変わったと思ってたけど、俺たちの始まりってこうだったな。ちょっと、ステップアップしたくらいか)  それでもいい。  少しだけ、惹かれてるこいつのことが知れるなら、一日一個でも。それが積み重なれば―― 「いいぜ。乗った!」 「乗ったって、賭けみたいな……じゃあ、明日からもよろしくお願いしますね。小春先輩」 「……っ、今、俺の事」 「さ、帰りましょうか。てか、となり歩かないでくださいね。そのぬいぐるみもってとなり歩かれるのなんか嫌ですから」  いつもの冬城に戻り、嫌そうに彼は目を細めた。一瞬デレたかと思ったけど違ったみたいだ。  また先を歩いていく、冬城の背中を、今日は追いかけて、センサーの反応しない自動ドアをくぐり抜け、俺たちは外に出た。外にすでに夕日が沈み始めており、真っ赤に染まったビル群が黒く大きく空に向かって伸びていた。
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