Smash

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 ずば抜けた力の差ってヤツは、『卑怯』に映る。僕は、それを嫌というほど思い知った。  そいつのことは紹介されなくても知っていたんだ。  今は小学生の陸上に全国大会は少なくなったし直接に顔を見ることはなかったが、100メートルのタイムだけはよく知ってる。 「彩速秀人(さいそくしゅうと)君だ。中学3年だが、地元からこっちに引っ越してきたんだ。彼の名前を知ってる者もいるだろう。何しろ小学生保持者だからな。早速、今日から県代表選抜メンバー入りだよ」 「……うす。彩速っす」  僕ら『先輩』相手に目も合わせようとしない。ギラついていて、態度も顔つきも口ぶりも最初から腹立つほどに悪かった。周りからチヤホヤされて育ったか?  だが、覚悟しやがれ。僕らがお前なんざ井の中の蛙だと分からせてやるからよ、と睨みつける。    「さあ、ウォーミングアップが終わったら一本目を始めるぞー!」  コーチの声に、皆の冷たい視線が彩速に集まる。  まぁ、いくら元日本最速とはいえ小学生の話。それに引っ越したばかりではベストコンディションを出せるはずがない。まずはお手並み拝見といこうじゃないかって高を括っていた。  だが。 「……何だ、ありゃあ!」  その一本目から、僕らは目を奪われた。その圧巻の走りに。王者の風格と次元の違う速さに。  歩幅(ストライド)が違う。まるで空でも飛んでいるかのような。 「おい……あれ、本当に俺等と同じ人類か?」   誰かが呟いたセリフには、何の誇張もなかった。  何のことはない、『井の中の蛙』はこっちの方だったと思い知らされた。  僕らの県から多くの有名アスリートが輩出されるのは、決して偶然なんかじゃあない。幼くして『これは』と目を付けられた才能の芽を『県のスポーツ選抜生』として自治体が総力をあげて育成するシステムがあるからだ。  そうしてインターハイやジュニア全国大会で名を馳せ、そこから更に有名大学や有名高校へと散っていく。『我が県の出身者』としてになる。  僕も通っている中学では『無敵』だった。  誰一人として僕に背中を見せられるヤツなんていなかった。気の早い周りの大人連中は僕のことを『神童』だの『将来の五輪選手候補』だのと持ち上げた。  だが、ここの選抜メンバーに加わって僕は思い知ったんだ。僕と同じくらいのスピードを持つ同学年が当たり前のように存在することを。そして、今。 「何でうちの選抜なんかにくるんだよ!」  同期のヤツが彩速の走りを睨んで、忌々しそうに吐き捨てる。 「地元でやってりゃあいいじゃあねぇか、地元で!」 「……構うもんか。全国に出たら何処かでは戦う相手じゃねぇか」  そううそぶいてはみたものの『とても追いつける気がしない』。吐きそうなほどの悔しさと敗北感の中、僕は思わず腹の中で「卑怯だろ!」と毒づいた。
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