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「馬鹿か、お前。そのシューズは『Smash』という北欧発祥の特殊な走法用のシューズだ。不用意に使ったら膝を痛めるのは当然だよ」
チームドクターの石田先生が呆れながらテーピングをしてくれる。
「販売サイトにbreakって書いてなかったか? 使い方間違えたら故障するって注意書きをだ」
「知らないっすね。英語は苦手なんで」
仮に特殊なシューズだったとしても、それがなければ勝負にならないのだろうし。
「スマッシュ走法は常人離れした下肢の筋肉が必要なんだ。現時点でそれが可能なのは、日本中探しても彩速だけだろうよ」
むかつく。『テメーなんざ、その他大勢のモブキャラだろう』と言われたようなもんじゃないか。
「石田先生はその、スマッシュとかいう走り方に詳しそうっすね」
何気なく装って話を振る。
「まぁな」
先生が少し肩をいからせる。
「ヘッドコーチとともに現地で勉強してきたし。アレは筋肉が固まった大人になってから始めても遅いんだ。発達途上の……ちょうど中学生くらいからキチンとプログラムを組んでやらないと」
「んじゃあ、彩速がこっちにきたのも?」
「そうだ。彩速も中学入ってから伸び悩んでてな、スマッシュ走法にノウハウがある儂らと組むことになったんだ」
そうか。だから突然に転校してきたってわけか。利害の一致というか。ならば。
「先生、『研究材料』が一人じゃ足りないんじゃないっすか?」
謎を掛けて様子を伺う。しかし。
「黙れ、怪我人が偉そうなことを言うな」
一蹴されてしまった。ま、それは確かに。
「動画サイトで検索してみろ。オランダ語のサイトだったら解説動画が出ている。ちったぁ勉強になるだろ」
「あざーす!」
それだけでも十分だった。何か少しでもきっかけがあれば、後は根性で何とかしてやらぁ。……と思ったんだが。
「な……何だこりゃ」
動画を見て、唖然となった。
陸上短距離は圧倒的にアフリカ系が強い。速筋の強さに物を言わせて素早く足を運ぶのだ。しかも上半身に比重の重い筋肉を搭載し、がっちりと地面に足を食い込ませる。これでは比較的遅筋率の高い白色系やアジア系は不利を被る。
そこで。
着地を踵からではなく『つま先』で行い、そのまま足の指で地面を掴むような感覚を維持。最後は親指の1点だけで地面を蹴る。
こうして接地面積を極限まで減らし、相対的に地面に掛かる圧力を限界まで上げることで弾くように身体を前へ押し出す。
これが、スマッシュ走法なのだ。
「振り切り過ぎだろ……」
脚に掛かる負担が大き過ぎる。絶対に膝を痛める。間違いなく選手寿命は短くなる。
だが、それと引き換えに『速さ』が手に入るなら。
僕は悪魔の囁きに抗えなかった。
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