Smash

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 迎えた、県代表決定レース当日。  夜中の僅かな時間を使ってコソ練を繰り返した僕の右膝は、朝から悲痛な叫び声を上げていた。曲がるか曲がらないかの境目に至るほど。 「先生、すんませんけど痛み止めお願いしますわ」  汗ばむ小声で医務室に入ると、石田先生は「無茶しおってからに」といいながら薬棚の鍵を開けて茶色の小瓶を取り出した。 「かなり痛そうだな。その様子だと普通の痛み止めじゃ追いつくまい……とは言うものの」  瓶から慎重に取り出した錠剤は、何処か不気味なオーラがあった。 「処方可能なギリギリの鎮痛剤だ。痛みは嘘みたいに無くなるが、別に怪我が治るわけじゃない。無理をすれば選手人生そのものがダメになるぞ。それは理解しとけよ」 「他に方法が無いんなら、それしかないっしょ」  まるで引ったくるようにして錠剤を手に取り、そのまま水も無しに飲み込んだ。 「ひとつだけ言っておく」  僕の背中に先生が冷たく声を掛ける。 「今のお前が全開のスマッシュを使えるのはせいぜい1、2秒。それが限界だ」 「……」  僕は何も答えず、医務室のドアを閉めた。  第1レース、準決勝レースは楽勝だった。何しろ膝が痛くないからな。この所の僕の絶不調を知っていたヤツらは一様に『嘘だろ?!』ってツラぁしてやがった。ああ、いい気味だぜ。  そして最終、決勝戦。  僕の隣のレーンに、彩速が並んだ。互いの足元に描かれた『Smash』のロゴ。見たくも無い顔を見なくても誰だか分かる。すると。 「おい、てめー」  彩速が小声で威嚇してきた。明らかに苛立っている。 「クソ野郎が猿真似でオレに対抗しようってのか? ザけんじゃねーぞ、コラ」 「ああ? 余計なお世話だ馬鹿野郎が」  そうだ、勝つために手段を選ぶ余裕なんて無い。 「目障りだ。俺の視界から消えろ」  彩速が吐き捨てるようにして、スターティングブロックにシューズを乗せた。 「上等だよ。消せるもんなら消してみな」  どうせブラフだ。あんな馬鹿げた走り方、彩速だって練習を見る限り全開は6秒かそこらが限界とみた。だったらそれは中盤以降で使うだろう。  ならばそこまでは何とか食らいつき、どうにか……。  号砲と同時にスタートを切った、その瞬間。 「何……?!」  右隣で同時にスタートを切ったはずの彩速の、その背中に貼られたゼッケンが視界に飛び込む。そんな、馬鹿な! まさかのか?! 「負けられるかよぉ!」  根性のスイッチを入れる。とっておきの全開スマッシュ。  1秒……よし、背中がそれほど離れない!  2秒……何とかこのまま持ってくれ!  3秒……いい感じだ、僅かに距離……が……?  突然、アンツーカーが斜路になった。そして坂路へと変わり、僕のレーンが垂直の壁に変化する。  こ、これは……?! 「担架だぁ!」  その怒鳴り声に、やっと僕は自分がぶっ倒れたのだと知った。
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